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第3章「つながりの扉をたたく」(01)

 ――視点:奨

 明美は黙ったまま、目の前の手書きリストをしばらくじっと見つめていた。

 その顔には驚きもあったが、どこかに戸惑い――いや、たしかな葛藤が浮かんでいた。

「この人たち……全部、直接話して歩いたの?」

「はい。SNSじゃなくて、一軒ずつ声をかけて、“今、春光町で一番やってほしいことってなんですか?”って、尋ねました」

「若い人が、そんなやり方を選ぶなんて珍しいわね」

「……よく言われます。でも、ネットより“顔と声”でつながるほうが、自分には合ってるんです。目を見て話せば、その人が何を大事にしてるか、だいたい伝わってきますから」

「……それ、あなた自身が誰かに言われたこと?」

 奨は少し笑ってうなずいた。

「はい。高校のときの担任に。“人との距離感は、言葉より先に空気が教えてくれる”って。今でもよく思い出します」

 明美の表情がほんの少し和らいだように見えた。けれど、すぐにまた冷静さを取り戻し、資料の山の方に視線を移す。

「……でも現実問題、予算は簡単には出ません。町の文化予算はここ5年で半減してる。さらに今年度は、道路補修に多く回される予定になっているから」

「知ってます。そのあたりも踏まえて、企画の予算は極力クラウドファンディングと、地元企業への協賛でまかなおうと思ってます。行政には、最低限の後押しだけでいいんです」

「“最低限の後押し”が一番難しいのよ。町として名義を貸した以上、後から“関わっていない”とは言えない。万が一、事故が起きたら?」

「そのために、リスク管理の体制づくりも考えています。今、地元消防団の人と、地域医師会の方にも協力要請をかけていて……」

「……誰から?」

「高橋崇さん。消防団の副分団長をやってる方で。今は空き家の活用プロジェクトもやってるんです。町を“安全な遊び場”にしたいって、ずっと言ってました」

 明美の目が一瞬だけ揺れた。

  その名前に、何か記憶があるのだろうか。

 奨は続ける。

「俺、思うんです。町の問題って、行政だけで解決するもんじゃない。もちろん市民だけでも無理。でも、“誰かが失敗したから”って止まってしまうのも違うと思うんです」

「……失敗を、“忘れる”のとは違うのよ」

「忘れません。“受け継ぎます”。そのうえで、“更新します”。それが、若い世代の役目だと思ってます」

 静かな言葉だった。

  だがその声音に、明美はしばらく返す言葉を見つけられなかった。

 代わりに、机の端から1枚のファイルを取り出す。

「これは……?」

「春光町の旧・地域文化企画案。5年前に廃案になったプロジェクトよ。使えそうな部分があるかもしれないと思って、捨てずに取っておいたの」

「……ありがとうございます。これ、参考にさせてください」

「ただし、これを使う以上、町に“届け出”が必要になる。きちんと計画書を書いて、“町と住民との連携モデル事業”として提案するのよ」

 奨は、深くうなずいた。

「やります。匠真と相談して、必ず提出します」

「……提出は“来週の金曜、午後四時まで”。役所の時間は、分単位で動いてるから、遅れたら即アウトよ」

「わかってます。そのときまでに、完成させます」

 そう言って立ち上がろうとしたその瞬間。

「……あなたのような人が、10年前にいてくれたらよかったのにね」

 ぽつりと落ちた明美の言葉に、奨は振り向いた。

「あなたたちのやろうとしてることが、どれほど困難か、私はよく知ってる。……だからこそ、手を貸すには勇気がいる。でも、その勇気をくれるのが“若さ”なら――少しだけ、賭けてみてもいいかもしれないわね」

 奨は静かに、深く頭を下げた。

 そのとき、明美の手元の書類がふっと風に揺れた。

 紙がめくれ、過去の記録と、これから書かれる未来の余白が、ほんの少しだけ重なった気がした。


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