第3章「つながりの扉をたたく」(00)
――視点:奨
春光町駅のホームには、スーツケースを転がす音がやけに響いた。
電車のドアが閉まり、軽い風がスーツの裾を揺らす。
奨は改札を抜け、目の前に広がる景色にしばらく立ち尽くした。
(……何も変わってない)
けれど、それが悪いことだとは思わなかった。
この町が、静かで、どこか懐かしくて、戻ってくるたびに「ここが自分の始まりだった」と思えるからだ。
「さて……やるか」
奨はスマートフォンを取り出し、スケジュールアプリを確認する。
今日はこれから、町役場に足を運ぶ予定になっている。
匠真からの連絡で、“文化課の明美さんと正式に話がしたい”という依頼を受けたからだ。
(自分が出しゃばりすぎるのもどうかと思ったけど……あいつ、最近ちょっと気負いすぎてる気がするんだよな)
駅前の通りを歩くと、道端の花壇には地元の小学生が植えたらしいパンジーが揺れていた。
そうした細やかな営みに、町の“誰かの想い”を感じ取れるところが、この春光町の良さなのかもしれない。
やがて、役場の庁舎が見えてきた。
3階建ての建物はやや年季が入っているが、掲示板には「町の文化を未来に繋ぐ」などのスローガンが大きく掲げられていた。
(問題は……スローガンじゃなくて、実働だよな)
受付で名前を告げ、案内されたのは文化課の応接室だった。
待つこと数分。
軽やかな足音とともに、現れたのは眼鏡の奥に緊張感を宿す女性――明美だった。
「お待たせしました。春光町文化課の岡田明美です」
「大学生の高倉奨です。今日はお時間ありがとうございます」
互いに丁寧に頭を下げたその瞬間――
ふっと空気に張り詰めるものが生まれた。
(この人、たぶん“壁の内側”にいる人だ)
そう感じたのは、明美の持つ“正しさ”がどこか防御的に見えたからだった。
けれどそれと同時に、匠真が言っていた“真面目で、過去に何かあった”という言葉も思い出す。
「今回は、フェスティバル復活の件でご相談に来ました」
「ええ。匠真さんからもお話は聞いています。ただ、正直に申し上げて、行政として簡単に“はい、やりましょう”と言える話ではありません」
「……ですよね。でも、それでもやりたい理由があります」
そう言って、奨はリュックから一枚の紙を取り出した。
それは、自分で作った“協力者リスト”。
SNSを介さず、直接足を運び、名前をもらい、手書きで綴ったリストだった。
「こんなに……?」
「はい。町の人たちは、やる気がないんじゃなくて、“やれる場所がない”だけなんです。誰かが本気で声をかけたら、ちゃんと動いてくれる。それを、実感しました」
明美は、視線を紙に落としたまま、しばらく何も言わなかった。
やがて、ポツリと呟くように言う。
「……でもね、“過去に失敗したもの”って、簡単に再起できるわけじゃないんです。行政は、ただの“協力者”じゃない。“責任を取る立場”なんですよ」
「その責任の一端、俺たちで背負えませんか?」
奨の声に、空気が揺れた。
「学生が? 町の“施策”の一部を?」
「はい。今のこの町で、本気で動けるのって、“まだ何にも縛られてない”俺たちだと思うんです。だから、その代わりに、できる限りのことは全部やります。俺たち、逃げませんから」
明美は、じっと奨の目を見つめた。
それは、ほんの少しだけ“過去を見つめ返す目”だった。




