第1章「祖父の手紙と町の記憶」(11)
作業がひと段落し、倉庫の外に出ると、午前の光が眩しいほどに差し込んできた。
倉庫の扉に鍵をかけながら木下が言った。
「フェスティバルか……。本当にやる気なんだな」
「はい。簡単じゃないのはわかってます。でも、誰かが動き出さないと、何も始まらないと思って」
「そうか……」
木下は空を見上げた。風が吹き抜け、周囲の雑木がざわりと音を立てた。
「春光町ってのは、昔から“何もない町”だって言われてきた。でも俺はそう思ったことはないよ。人がいて、四季があって、育てた野菜がうまくて、子どもたちの笑い声が聞こえて……それだけで十分だって」
「はい」
「でも、その“十分”を外に発信する場が、フェスティバルだったんだ。町の魅力を見せるってより、町の人自身が“自分の町って悪くないな”って思える時間だった」
匠真はその言葉に頷いた。
(誰かのために、じゃない。自分たち自身のために、やるんだ)
それは、祖父の手紙に綴られていた「ありがとうを形にする」という想いと、どこか通じるものだった。
「なあ、匠真」
「はい?」
「ひとつ、提案してもいいか?」
木下は少し照れくさそうに、声を低くした。
「町内の古民家を活用して、イベントスペースを作ってみたらどうだ? 自治会で一応保有してる場所があるんだが、使い道がなくてな。うまく整えれば、若いやつらの拠点になるかもしれない」
「古民家……」
「昔、集会所としても使ってたところだ。台所や土間が広いから、料理や展示にも使える。ただし、掃除と修繕が必要だが……やる気があるなら、使ってみろ」
匠真の目が輝いた。
「ありがとうございます! ぜひ見せてください!」
その日の午後、案内された古民家は、町外れの裏通りにぽつんと佇んでいた。
黒瓦の屋根と白壁が印象的で、木製の引き戸の奥には畳の香りがまだほんのりと残っていた。確かに古びてはいたが、柱もしっかりしており、陽の差し込む縁側は落ち着いた雰囲気を持っていた。
「ここが、俺たちの最初の場所になるかもしれない……」
胸の内に、熱いものがじんわりと広がっていく。
この家を整え、仲間を迎え、町の人を呼び、そして“ありがとう”を語り合える場所にする――
そのイメージが、まるで映画のシーンのように、匠真の脳裏に浮かんでいた。
その日、彼は家に戻るとすぐにノートを開き、ページを一気に埋めた。
・フェス復活拠点=古民家 → イベント準備、打ち合わせ、展示、子ども向け企画に使える
・明美さんから資料受け取り予定
・奨に拠点リーダー相談
・地元の人とつながるきっかけ作り → 和菓子屋、図書館、喫茶店、農家 etc.
・“ありがとう”を集める活動を始める → 手紙、絵、音声、写真
・「ありがとう展」予備企画
それは、まだ夢の設計図にすぎない。けれど、確実に“現実の土台”が出来つつあった。
(じいちゃん、これが俺の“はじめの一歩”だよ)
ペンを置いた匠真は、静かに目を閉じた。
夜の春光町は、どこか心地よい静けさに包まれていた。




