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第1章「祖父の手紙と町の記憶」(10)

 展望台でのひとときを終えた帰り道、匠真と奨は並んで坂を下りていた。ふたりの足音が、まだ乾ききっていない春の地面に小さく響く。

「……なあ、匠真」

「ん?」

「フェスティバルをやるってことは、相当な準備がいるよな。資金、場所、人手、企画……どれも簡単じゃないぜ?」

「わかってる。でも、俺たちだけで抱え込む必要はないと思う。少しずつ、賛同してくれる人を見つけて、一緒に形にしていければいい」

「共犯者を増やす、ってやつか」

「……まあ、言い方アレだけど、近いかもな」

 笑い合いながら坂を降りたとき、ふと、町内放送がスピーカーから響いた。

「……明日の午前、旧市民会館裏の倉庫整理のため、ボランティアを募集しています。ご協力いただける方は、役場文化課までご連絡ください……」

 匠真が足を止めた。

「旧市民会館……って、じいちゃんたちがフェスティバルの準備してた場所じゃないか?」

「そうだな、たしか昔、仮ステージの道具とかもあそこに保管してたはず」

「行ってみよう。もしかしたら、まだ何か残ってるかもしれない」

 次の日の午前、匠真は軍手をはめ、汚れてもいいジャージ姿で旧市民会館の裏に立っていた。

 集合時間ぴったり。すでに何人かの高齢者が集まっており、黙々と倉庫の前で道具を運んでいた。

「こんにちは。文化課の紹介で来ました、匠真です」

 挨拶すると、ひとりの男性が顔を上げた。白い作業帽をかぶった、がっしりとした体格の男性。年の頃は六十代半ば。

「ああ、文化課から連絡が来てた子か。助かるよ。あんた、真一さんの孫なんだって?」

「はい、そうです。祖父には、春光フェスティバルのとき、よくついていってました」

「そりゃあ……懐かしい名前だな」

 男の名は木下という元・町内会長だった。今でも地元の清掃活動や防災訓練などを取り仕切っており、地元住民からの信頼も厚いという。

「ここの道具は、もう誰も使わなくなったから、処分する予定だったんだ。でも、こうして若い人が来てくれるのは嬉しいもんだな」

 ふたりで奥へと進むと、埃をかぶった段ボールや鉄パイプ、風化した看板の残骸などが山積みにされていた。

「これ……!」

 匠真が指差したのは、かつて舞台の背景として使われていた“春光フェスティバル”の布製看板。ところどころ色褪せていたが、筆文字の「感謝」の文字はまだ力強く残っていた。

「懐かしいな。これ、初期の頃に手作りで描いてたやつだよ。真一さんが中心になって、子どもたちに筆持たせてさ、みんなで作ったんだ」

 布を手に取ると、わずかに染料のにおいが残っていた。

「……これ、譲っていただけませんか? フェスティバルを復活させたいんです。その象徴として、使いたい」

 木下は少し目を見張り、それからにやりと笑った。

「いい目をしてるな。好きに持っていきな。どうせ捨てるつもりだったし、持って行くなら意味あるほうがいい」

 匠真は頭を下げた。

 古びた布看板――それは、過去の記憶だけでなく、未来への種火でもあった。

 何かが、確かに動き出している。

 春光町に、新たな“ありがとう”の物語が始まりつつある。


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