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第1章「祖父の手紙と町の記憶」(09)

 翌日、朝の光が差し込むなか、匠真はリュックに水筒とノートを入れて、高台の展望台へと向かっていた。

 春光町の外れにあるその場所は、町の景色を一望できる絶好のスポットだったが、近年では訪れる人も少なく、手入れも行き届かなくなっていた。枯れた雑草が道端に伸び、舗装の割れ目から小さな花が顔を出している。

「昔はよく来たんだよな、ここ……」

 誰にともなく呟きながら、錆びた手すりを握って階段を上る。風が頬を撫で、遠くで鳥が鳴いていた。

 見晴らしの良い頂上に立った瞬間、匠真は息を呑んだ。

 目の前に広がるのは、どこまでも続く青空の下、穏やかな家並みが連なる春光町。遠くに広がる田畑と、ゆっくりと蛇行する川。小学校のグラウンドでは、子どもたちの黄色い帽子がちょこちょこと動いていた。

「変わってないな……」

 昔、祖父に肩車されながら見た光景と、今、こうして自分の目で見ている風景が重なる。あの頃と違うのは、自分がこの町を“守る側”として立っているということ。

「じいちゃん。俺、やるよ。ちゃんと形にする」

 言葉にすると、少しだけ胸の奥のもやが晴れたような気がした。

 リュックからノートを取り出し、立ったままページを開く。


 ・町の強みは何か?

  ・今残っている資源は?

  ・人が集まるために必要な“意味”とは?

  ・“ありがとう”をどう伝えるか?

  ・誰が、その旗を持つのか?


 箇条書きのその一つひとつに、今の自分が持っている情報と想いを少しずつ書き加えていく。

 ふいに、背後から足音が聞こえた。

「おーい、匠真!」

 振り返ると、坂道の上から奨が手を振っていた。軽く息を切らしながらも、顔は晴れやかだ。

「お前、こんなとこまで登ってんのかよ。まったく、朝から青春しすぎだって」

「……来てくれたんだ」

「おう。昨日のLINE見て、居ても立ってもいられなくなった。ちょっと話そうぜ。町の未来の話、ってやつ」

 ふたりは並んで展望台に腰かけた。

 しばらく町を見下ろしていた奨が、ぽつりと漏らす。

「なあ、匠真。この町って、静かだよな。悪く言えば、何もない。でも、よく言えば“素のままでいられる場所”だと思うんだ。俺、大学でいろんな町行ったけど、こういうのって、案外貴重だと思う」

「……そうだな。派手じゃないけど、ちゃんと息してるっていうか」

「だからさ。俺たちがやるべきことって、昔のコピーじゃなくて、“今の町に合った形”で何か作ることじゃねえか?」

 匠真は頷いた。

「うん。俺もそう思う。“ありがとう”って言葉も、無理に広げるんじゃなくて、ちゃんと人に届く場所を作らないと。気づかないうちにこぼれていくものを、そっと掬い取れるような……」

「たとえば?」

「たとえば――子どもが描いた“ありがとうの絵”を町の店に貼るとか。小さな展示会を開く。地域の人たちと、そういうのから繋がっていけたら……」

「それ、いいな。ちょっとウルッと来るかも」

 ふたりは、空を見上げた。青がどこまでも澄んでいて、風は穏やかに町を撫でていた。

 何かが、ゆっくりと始まりつつある。そんな気配が、春光町に確かに満ちていた。


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