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「やっぱり、晃君のこと好きにはなれなかった」
水瀬夏鈴は、いまにも、えへっと聞こえてきそうな顔をして言った。
僕は、思わずへっと間の抜けた声を出した。
「どうして……?」
「どうして? って、理由はいま言ったでしょう?」
彼女はそう言うと、不思議そうに細い首を傾げた。
「だって、今日だって普通にデートしたし、今日は付き合って半年記念日だったのに……」
「だから、きりがいいとこでお別れしようと思って」
「きりがいいって……そんな気持ちでいままで僕と付き合ってたの?」
僕は次第に息苦しさを覚えた。なんだか、水の中にでもいるみたいだ。
「だってさー、晃君ってかわいそうだったから。大学生にもなって一度も女の子と付き合ったことがないなんて。たまにはそういう人と付き合ってみるのもいいかな、と思って。試しに付き合ってみたの。でも、やっぱりだめだった」
「夏鈴さん、ひどいよ……そんな子だったなんて……」
「そんな子って、晃君が私の何を知ってるの? そもそも、私のことを知ろうとしてくれた? いつも口だけだったよね。その呼び方だって。私の方が年下だし、私は夏鈴ちゃんって呼んでほしいって何度も言ったよ?」
「それはそうだけど……僕なりには頑張ってみたんだ……」
「そう? 頑張るってことは、晃君も無理して、私と付き合ってたんじゃないの?」
「そんなことはない!」
僕は自分でも驚くほど大きな声で言った。
彼女も驚いたのか、一緒だけ目を丸くした。
「じゃあ、もう会うことはないと思う。さよなら」
彼女はそう言うと、瞬く間に夜の闇に溶けていった。
僕は街灯の下に1人取り残された。
ショルダーバッグのなかから彼女に渡すはずだったプレゼントを取り出す。彼女がずっと読みたいと言っていた本だ。
僕は自分でラッピングしたそれを雑に破り開けて本を取り出した。
その場でパラパラと数ページ捲った。
彼女と感想を言い合いたかった。
見上げた空には、頼りなさそうな月が、ぼんやりと浮かんでいた。