さいごのひだまり
童話です。
彼女と果物
彼女からはいつも果物の香りがするのだ。
「やっぱりフルーツは最高ね」
彼女はそう言って、りんごジュースを飲みながら、みかんを口に放り込み、いちごパフェをスプーンでつつく。小さなほっぺを、リスのようにめいいっぱい膨らませて、はむはむと食べている。その姿に、ワタシはまわりに誰もいなくても、あの子とはかんけいないですよーと言ってまわりたくなった。窓を見れば雲ひとつないまっさらな青空が広がっていた。なのに、
「はぁ、あったかーい。フルーツにおぼれながら眠れそう」
などと、言いながら彼女はこたつに足をつっこんでいた。ワタシもあたたかいのは大好きだが、こんなポカポカ日よりに部屋でこたつに入るのはゴメンだ。
「ミーコも食べない?」
彼女が、みずみずしくてちょっぴり酸っぱい香りのみかんを差し出す。だが、ワタシは目をそらして拒否した。すると、彼女は垂れがちなまゆ毛をひそめて、
「えー、おいしいのに」
つれないなぁ、なんてつぶやきながら三個目のみかんをぱくり、と口に押し込んでいる。ワタシからしたら、部屋いっぱいに充満した果物の匂いだけでおなかいっぱいだ。しばらく果物からは離れていたい。こんな日は、めったに嗅ぐことのできない、カレーのピリリとした香りを想像する。すると、少しだけおなかがおちついた。ワタシはちろりと窓に視線をうつした。やわらかいひかりが部屋を照らしている。その日だまりに、ワタシはすっかり固まった足腰をぎくしゃく動かして移動する、とくぁああ、と大きなあくびが出た。
「あらら、眠そうね」 こちらをちらっと見て、クスリと彼女が笑う。そうだよ、とおもいながらワタシはこくりと首をうごかした。ぐっ、と手足を伸ばしてねころがった。すん、と鼻をならすとワタシの腕からも果物の匂いがした。すっかりワタシに染みついてしまったのだ。それから、彼女が何か言うのを頭のすみっこでぼんやりと聞いていたら、いつの間にかワタシの意識はころんと落ちていた。
ひだまりにふたつ
「お休みなさい。ミーコ」
私は最後のいちごを口に入れる。ぷちっとした種の感触がした後にじゅわり、とあまみと混じった酸っぱさが口いっぱいに広がる。ていねいに二回、三回とゆっくりかんでからこくり、と飲みこむ。日だまりの中で、黒いかたまりがくたりと眠っていた。音を立てないようにそっと近づいて、となりに座る。黒ねこの目尻には白い体毛が数本見てとれる。私はそっと優しくふれた。毛がゆらゆら揺れるのにあわせて、ふわりとフルーツの香りが鼻をくすぐった。私は思わずクスリ、と笑ってしまった。しばらく、そのふわふわをなで続けると私もくぁ、とあくびがもれた。日だまりに寝ころぶと、すぐにねむけが襲ってきた。
さいごはひとつ
ふと、まぶたを開ける。窓からは月あかりがもれていた。長い間、眠っていたみたいだ。
「う、うぅぅーん」
私は思いきり手足を伸ばし、起きあがる。隣をみると、ミーコがまだ眠っていた。
「ミーコ、ミーコ?」
呼びかけてみるが、ミーコは起きない。私は、そぉっとむねに耳をあてた。
なんにも音がしなかった。
ぽたり、と床にしずくが落ちた。私は不思議と悲しくはなかった。なのにぽたり、ぽたりと、あふれでるものはとまってくれなかった。私はミーコをそっと抱きとめた。私はすん、と鼻をすする。もう彼女からフルーツの香りはしない。私はまぶたをかたく閉じた。
「お休みなさい。ミーコ」
ワタシはヒトが大嫌いだった。いつもワタシを汚いと蹴る。その日もワタシは全身が痛くて、くたくただった。すん、と鼻をならす。ふわりと甘酸っぱい香りがした。目の前を睨みつけると、ヒトの女が立っていた。フゥウ、とうなりながら全身で威嚇した。けれど、その女はまるで気にしないでワタシを抱き上げた。そして、フルーツは最高! とあんまりに幸せそうに叫ぶものだから、ワタシは彼女の持っている果物をかじってやったのだ。
その日からワタシ、は、ミーコ、になった。
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