天使の辺境伯
ご当主様はほくほくとした表情で、黒猫を抱きながら書庫を案内してくれる。ご当主様の後をぞろそろと私たちが付いていく。
各国から取り寄せた貴重な聖魔法の本がずらりと並び、主に私とレイナに説明してくれる。
「具体的にはどのような資料をお探しですか?」
「とりあえず、聖女がどのようなことができるのか知りたいです。私は浄化と治癒くらいしかできませんから」
ついでに結界強化も今回身に付けたけど。でも、それだけなら聖女がこんなにもてはやされている理由がわからない。
「既にご存知かと思いますが、聖女、という概念ははっきりと定めっていません。レイナ殿のような聖魔法に優れた方を聖女、と呼んでいる国もあります」
レオンは一冊の本を取りだした。
「これは、古くにいた、ナルメキアの偉大な聖女の記録です。当時、ナルメキアに滞在した吟遊詩人が記したとされています。カナ様はその聖女に匹敵する実力がおありかと思いますが、ナルメキアの国家機密でもあり、このくらいしか詳細が不明なのです」
私はそれを受け取り、ぱらぱらとめくる。
「また、先日母が貴女を「月の聖女」と呼んでいたかと思います。月の聖女、は昔のカグヤ国にいた月の加護を受けた聖女で、カナ様のように月の精霊の力を借りることができた、と言われています。カグヤ国はナルメキアに比べると影響力のある国ではないので、あまり知られてはいないのですが……」
もう一冊、これは月の聖女にかかわる本のようだ。
「詳しい資料はカグヤ国以外にはありません。聖女の記録としてここの一文に記載があるとおりです」
レオンは本を開き、冒頭の一文を指差した。
「貴国はカグヤとは親戚関係にあるようですし、詳細はカグヤ国の方に伺ってみるのがいいかと思いますよ」
「……ご親切にありがとうございます」
「そこのソファにおかけください。あ、護衛の騎士様方もどうぞ」
さすが、キース達への配慮も忘れない。
レオンは自分も着席すると、テーブルの上にある呼び鈴を鳴らした。すぐに侍女がやってくる。
「こちらの方々にお茶を、あと、取り寄せたにゅーるも持ってきてください。最高級の器に入れてくださいね」
侍女にも丁寧に指示をする。侍女はレオンの腕の中の黒猫をみて「んまぁ!」と目を細めた。
やがて温かい紅茶が運ばれてくる。香りが深く、高級茶葉を使っていることが口にしなくてもわかる。
にゅーるって元いた世界にもあった、アレね。猫ほいほいの謎のおやつ。クリスタル製のこれまた目を引く器に載せられている。
「殿下、お口に合うかわかりかねましたが、最高級品を貴国から取り寄せました」
優しくテーブルに黒猫を乗せた。
「お気づかい感謝いたします。私の大好物ですよ。それではいただきますね」
黒猫もさすがは王子、というお上品さでにゅーるを食していく。黒猫の姿でお上品に振る舞うのもじわりとくるものがある。
ナルメキアの吟遊詩人の記録には、治癒、浄化、結界強化のほかに、祝福、豊穣とある。
祝福、は聖女が戦場に出向く兵士たちの装備に、無事帰ってくるようにという加護を与え、慈愛の精神で見守った、とある。
「この祝福は兵士たちの装備に魔法をかけて、彼らの能力を底上げするような付与を与えたのではないでしょうか。聖女がいる時代に、ナルメキアは随分と領土を拡張したようですし」
その一文だけで具体的になにをやって祝福の効果が与えられるのかは書いていない。
「肝心の祝福のやり方が書いてないですね」
「それはナルメキアの秘密でしょう」
うーん……もどかしい。でも答えが初めからわかっているよりも自分たちなりに追及していくのも楽しいかもしれない。
「豊穣、は祝福とはまた違うようですね」
「おそらく土地が農作物の生産にふさわしい土壌になるよう魔法をかけたのだと思いますが……土属性の魔法に似たような効果があるものがあります。ただ、途方もない魔力を使用するので実用性がないんですよね。土属性と相性のいい魔術師も数少ないですし」
土属性……試したこともない。これもまた、やり方を私なりに考えてみるしかなさそう。これ以上のことは本から得られなかったので、本をレオンへ返した。
他にも聖魔法の歴史、これから聖魔法の能力を持ったものをどう発掘していくのか……という本をぱらぱらと読ませてもらい、書庫を後にする。
「またいつでも来てください」
レオンは天使の微笑みを浮かべ、門の外まで紳士的に見送ってくれた。
「まず、祝福かぁ…」
「カナ様、なにか考えがあるんですか?」
ちょっと実験的にやってみようかな、と思うことが2つある。メインストリートを歩き、以前来た時は入らなかった店の前に差しかかる。
「レイナ、ちょっと付き合ってくれない? あ、ラセルとキースは先に帰ってて」
ラセルとキースにはまだ見せたくないもの。
そう、ラセルのお誕生日プレゼントだ。キースは口が軽そうだから、一緒に帰ってもらうことに。
「なんでだよ? 一応お前の護衛してるつもりなんだけど」
ラセルはかなり不満げに帰るのを渋る。
「護衛ならビスがいるから大丈夫! ほら、帰ってたまってる仕事もあるでしょ? ほら、キースも!」
強引に二人を仲間はずれにして、私は裁縫屋さんへ入る。レイナとビスも後から付いてきた。
「殿下たちを追い払ったってことは、例の誕プレですか?」
さすがはレイナ。みなまで言わなくてもわかってくれるね。
私が目を付けたのは、色とりどりの細かい紐。この紐を手編みできないかしら。
「ねぇ、黒に映えるのはやっぱり赤かな」
「なにを作るんです?」
「首輪!」
そう、私が思いついたのは、にゃんこの首輪。もう人間バージョンの時に何喜ぶかというのは、考えるのを放棄する作戦に出たのだ。
元の世界にいた時には手編みのプレゼント、という概念があった。マフラーとか手袋とか。
気持ちが重たいということで異性にあげるのは嫌煙されがちだけど、ペットのものを手続りする人は多い。
それにひと編みひと編みに気持ちを込める、という点でも祝福の実験になる。ひと編み、ひと編みに魔力を放出したらどうなるかな。
『いい考えだと思うよ!』
『あの王子にはちょっと勿体ないけど…』
また私だけに見えるように精霊達が現れた。周りには手作りを楽しもうとするルーシブルの若い女の子達で溢れている。
こんな店に突然精霊が現れたらびっくりしちゃうもんね。
精霊達も処世術を身につけてくれて助かるよ。
「なるほど。猫の時に使う首輪ですかぁ~」
「私の元いた世界では、猫ちゃんは首輪を付けている子が多かったの。飼い猫のシンボル的なものね」
すると、今まで後ろで会話に参加していなかったビスが目を細めて微笑んだ。
「つまり、殿下は晴れてカナ様の飼い猫になるわけですね」
ん……? なんか語弊のある言い方だけど。
まぁいいか。頑張って誕生日までに首輪を完成させてみせるよ。




