聖女の目覚め①
「すごいヒールだわ」
サリが頬を染めて私の手を取る。シェリーも「すご。やるじゃん」と言ってくれた。
褒められた……っと隠しきれないくらい嬉しくなってくる。
「でも、ヒールは聖魔法の初歩でしょう? そんなに感激しなくても」
照れ隠しでそう言うと、シェリーは「そんなことない」と首を振った。
「聖魔法の難易度としては低いけど、精度というものがあるの。同じヒールでも、魔術師の腕で段違いの差が出るんだよ。例えば切り傷にヒールをかけて、傷は治ったけど少し違和感を覚えるとか、傷口痕が若干引き攣るのが素人、傷口どころか疲労感まで飛ばして肌にうるおいを与えるのが上級者。あんたのは超上級のほうだよ」
確かに、シェリーの肌が朝よりもつやつやしている。他の二人も同様だ。
「あんたも結界強化やってみなよ」
シェリーが私を結界まで誘う。
「ほら、レイナも」
レイナも同様に呼ばれた。
「キャッツランドの魔術師の力、見せてよ」
どうしよう…やっちゃっていいのかな。レイナと顔を見合わせて、夫人の隣にいるラセルを伺う。
聖女は狙われる、的なことを言っていたし、後で面倒なことにならないかな…。ラセルは夫人と一言二言話してから、こちらに向かって歩いてくる。
「話はこっちまで聞こえた。やってみろよ、カナ」
「えぇ…っ! (だって聖女ってバレたら狙われるって)」
「(だからそのために、公爵令嬢って肩書にしたんだよ。どうせいつかバレる)」
「(けど、本当にいいの? 迷惑じゃない?)」
「あのー……なんか私、まずいこと言ったかな」
こしょこしょ会議に入ってしまった私たちに、シェリーは困惑した様子でお伺いを立ててきた。
ラセルが王子様スマイルでシェリーを振り返った。シェリーは至近距離で見る王子様スマイルを直撃し、頬を真っ赤に染める。
確かに凄まじい破壊力だ。
「身内で話しこんでしまって申し訳ないです。せっかくのお誘いですし、お受けするように伝えていたんですよ」
そしてレイナにもやってみるように伝える。
「レイナ、巧くいかなくてもいい。これも経験だ」
ポン、と軽くレイナの肩を叩き、また夫人の元へ戻っていく。
「やりましょう! カナ様。船のうえでの活躍、私も見たかったんですから!」
「う、うん。やるか!」
まずはじめに、とシェリーがレクチャーしてくれた。コツは結界に初めは優しく、徐々に与える魔力を増やしていく。出がらしになってきたところを一気に放出。
自分と結界を一体化するイメージで……。
結界はぷよぷよとした柔らかい感触で、弾力がある。結界が目で見えたり、触れたりできるのは、聖属性の魔術師だからこそのようだ。
初めにレイナが挑戦することになった。
「結界強化」
レイナの手から聖なる光が流れる。レイナの心を表すような、優しい光だ。
魔術にも個性がある。三人娘の醸し出す魔術もそれぞれ微妙に色が異なった。
結界に優しい光が流れて行く。
「お、いい感じ」
「やるわね、レイナ」
シェリーとマリアから自然と零れる感嘆の声。
やがてレイナが崩れ落ちるように倒れ、私がそれを支えた。
そのとたんに集まる治癒魔法。振り返ると三人が笑顔で「ぐっじょぶ」と指で合図をした。
次は私の番か……。
『カナ、杖だして』
『今は昼間だけど、白い月が空にいるよ』
『大いなる月の精霊の力を集めるんだ』
手に現れる銀の杖。三人が「おぉっ!」と歓声をあげる。
杖を真横に持ち、結界に合わせる。
初めはゆっくりゆっくり、ね。自分と結界を一体化させて……。
「月光結界強化…!」
グン……ッ……と抑えきれないほどの魔力を極限まで抑えながら徐々に流していく。
光の粒子が私を包み、髪から銀の光が零れる。前回イルカを解放したときよりも全然難しい。
白銀のオーラが結界に流れ、私も結界も悲鳴を上げながら必死にコントロールする。なかなか魔力の限界が訪れない。
「カナ、それ以上は……!」
シェリーが止めてくれて、私はその場に崩れ落ちる。
「すご……。結界が……完全に修復されているように見えるわ」
サリがとぎれとぎれに感嘆の声をあげる。
「カナ、あんた髪が……」
目に映る髪が銀に輝いている。また力の解放で髪色が変わってしまったらしい。
「そのうち元に戻るよ…」
力なく答えると、レイナも含めて四人でヒールをくれた。
なんだろう……このチームプレイ感。
私はこの聖女業をガチでやってみたいと、この時初めて思った。世界中の瘴気を払い、結界を強化する。
その他に出来ることがあるのなら、なんでもやってみたい。この世界に来て、初めて明確な目標が持てた。
「月の聖女……」
貫禄ある声に振り向くと、夫人がいつの間に傍に来ていた。
「昔、カグヤにいたという月の聖女が降臨した。そんなことが……」
カグヤの月の聖女?
夫人はうっとりとした目で私の髪に触れる。
「素晴らしいわ。この国の結界は今ので完全に修復された。徐々に、時間をかけなければいけないと思っていたのに……」
そして、ハッとしたように鋭い眼差しで後ろを振り返る。
「ラセル殿下、こんな隠し玉を持っていらっしゃるだなんて。若いのに人が悪いですわよ」
そう言われてラセルも王子様スマイルで返す。
「バイト代……ちょっと上乗せできたりします?」




