結界強化研修③
眠い瞼を無理やりあけながら、レイナの用意してくれた眠気覚ましの薬を飲み、朝食へ向かう。
昨夜の三人娘は、赤を基調としたローブを羽織り、国家魔術師の制服を着用。どこでもいそうな感じの子達なのに、制服を着るとパリッと見た目が変わって見える。
「おはようカナ、レイナ。よく眠れた?」
「ここの朝食結構うまいよ。パンおかわりできるし」
「おかわりしすぎると夫人が怒るんだよね」
サリ、シェリー、マリアの順に話しかけてくれる。下っ端の私たちが最後だったようで、席の中央にはやたらと存在感と貫禄のあるマダムが鎮座している。
このお方が辺境伯夫人……!
「騒がしい。ここまで聞こえてきましたよ。おかわりしすぎるとアテクシが怒るとでも? マリア。 お食事の仕方がご行儀が悪いからご注意申し上げただけですわよ」
アテクシってガチで言った! これが貴族の夫人……ッ!!
「行儀がなっていない子達で申し訳ございませんわ、殿下」
これは隣に座るラセルに向けた言葉だ。今日のラセルは白地に銀の装飾が入った、これまた気品のある王子様ファッションだ。
物語に出てくる王子様をまさに体現した感じ。
「とんでもないことです、夫人。私から彼女達にご挨拶してもよろしいでしょうか?」
ラセルは気品よく微笑んで、スッと音もなく椅子から立ち上がる。右手を胸に当て、流れるような仕草でお辞儀をした。
「キャッツランド王国第七王子、ラセル・ブレイヴ・キャッツランドです。この度はお会いできて光栄です」
三人娘がぽかーんとして、「「「よ、よ、よ、よろしくおねがいします」」」と固まってしまった。
お手本みたいな挨拶だ。怒り狂って部下に文鎮投げつけた人と同一人物とは思えない。王子様演技もちゃんと出来るみたいだ。
「夫人、あちらの二名は、この度の結界強化を見学させるために呼びました、我が国の魔術師です。聖魔法の素質が見込まれるのですが、なにぶんまだ未熟者でして」
スマートに私たちを紹介する流れにもっていく。
「カナ・ヒルリモールです。よろしくお願い申し上げます、夫人」
スマートを軽くつまみ、付け焼刃の貴族式にご挨拶。レイナもそれに続いた。
「ほう」
夫人は私を見て、深く頷く。そして目を付けているのか、マリアへ目を走らせる。
「マリア、ラセル殿下に失礼な振る舞いは許しませんよ。わかりましたね?」
肉食マリアは、夫人のイケメンゲストにやらかした前科がありそうだ。
◇◆◇
一同は、揃って魔族との結界近くまで馬車で移動する。
今日も夫人とラセルは豪華な辺境伯家の馬車で移動し、我々は後続の馬車に乗ることになる。
私とレイナは、三人娘とキースと共に移動する。
「初めまして、カナのお兄様なんですよね?」
控えめなサリがお行儀よくキースに挨拶をする。
「妹がお世話になります」
キースもにこやかに返す。
「歳は? こっちにはどれくらいいるんですか?」
マリアも食いついてきた。レイナもライバルが別の魚に食いついて満足そうだ。
「歳は20歳です……どれくらいいるかは……わからないなぁ。うちの殿下の仕事が終わり次第って感じで」
ガラにもなく、キースがたじたじしている。女の子に囲まれてやや押され気味だ。
「キースさんはラセル殿下の側近なんですよね? 側近ってどんなお仕事なんですか? 収入は?」
シェリーは職業についてだ。収入って婚活みたいね。
「えーと、殿下のスケジュール管理とか、代行して書類書いたり整理したり、あとは殿下の相談ごとに乗ったり……。収入はキャッツランドのお役人の仲じゃ中の下くらいじゃないかな。後は殿下のアルバイトを手伝ったり……」
「アルバイト!? 殿下ってバイトするんですか!?」
「あー……まぁ、うちの殿下って国の仕事以外にもいろいろとあって。今回のもアルバイトなんですよ、実は」
窓を眺め、よくよく見ると遠くにシャボン玉のような淡い壁が見える。あれが……結界……?
やがてどんどん空気が息苦しくなってくる。
「カナ、気分悪い?」
シェリーが気にしてくれた。
「これが瘴気なのね?」
三人は深刻な顔で頷いた。
馬車が止まると、墨のような霧が荒野を覆っている。草ひとつ生えていない、荒れた土地だ。
「こういう土地がどんどん広がってるの。ヤバいでしょ?」
シェリーがそう言うと、三人は先に待っていた夫人のところへ向かい頭を下げる。
「これから瘴気を払います」
「頼みましたよ。貴女達だけが頼りです」
夫人は三人に絶対的な信用を置いているようだ。
あんな感じだけど、国家魔術師としては一流なのかもしれない。
三人は霧に向かって立ち、そして蹲る。三人から淡い聖なる光が立ち昇るのがわかる。
「|広範囲に聖なる風を起こせ《エリアホーリーブラスト》」
息を合わせて唱えると、ふわぁぁ~と聖なる光が風となり、霧を吹き飛ばす。
辺りの霧が少し薄まって、呼吸がだいぶ楽になってきた。
「私にもできるでしょうか」
レイナが誰に言うでもなく呟く。私も同じ気持ちだった。
そっと精霊を呼ぶ。わたしだけに見えるように、精霊が現れた。
『カナならもっと威力がある風を起こせるよ』
『やってみる?』
夫人がいるところで力を解放してもいいものだろうか。今回はやめておこう。
「さて、これからが本番。結界を強化するよ」
リーダー格のシェリーが二人に呼び掛けて、私たちも三人の後に続く。三人はシャボン玉の壁に手を添える。
「結界強化」
シャボン玉がピキッ…と軋むような音を立てる。三人から放たれる淡い光が結界へ浸透する。
しばらくすると、力が抜けたようにへたり込んだ。
「大丈夫ですか?」
レイナが走り寄る。
それを見て、私はそっと胸に手を当てる。少しくらいなら、いいよね。
「治癒」
自分の手から白銀のオーラが放たれ、三人を覆い、一瞬で消える。
「あれ? 今のってレイナ?」
マリアが立ちあがると、レイナは優しく首を振った。
「カナ様の治癒魔法です」




