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猫外交 ラセルside

 ラセルが執務室で真面目に書類を書いている横で、騒がしい声が聞こえる。


『お月見団子まだ~?』


『おなかすいたぁ~。王子様早くしてよ~』


「うるせぇッ! 俺だって忙しいんだよ!」


『あー、そんな態度取っていいのぉ? ボク達がいなかったら、どうなっていたと思う?』


『君のマヌケな家来のせいで、カナが大変なことになったんだからね~』


 忌々しいことに、王子であるラセルが月の精霊の下僕と化してしまった。


 カナのピンチを伝えてくれたのはこの精霊たちだ。猫外交の疲労から馬車でぐったりしていたラセルの横に突然羽虫のように現れ、カナがキースにそそのかされてダンジョンへ向かったことを教えてくれた。


 当然ラセルは馬車なんて悠長なものに乗ってられるわけもなく、車から馬を引き離して、馬でダンジョンまで駆けた。


 キースの無謀さに呆れた。あんなクソ装備であんなところまで潜るとは……。


 ラセルも装備も何の防御も施されていない王子様ファッションのうえ安物の剣で同じところに潜ったわけなので、無謀さは大差ないのだが。切り抜けられたのは奇跡としか言いようがない。


 公邸の料理人の目を盗んで、冷蔵庫からカグヤ国から贈られてきた「お月見団子」を月の精霊へと振る舞う。


 カグヤ国はキャッツランドとは親戚関係にある国で、月を信仰している。月の聖女は500年前に一度、カグヤで生まれたことがある。


 カグヤ国は小規模な国でありながら、実は魔術の研究においては、ナルメキアにも匹敵する。魔石の価値を磨く加工技術は他の追随を許さない技術大国で、魔道具の開発技術では、キャッツランドのライバルでもある。


 名のある魔術師もカグヤ出身であることも多い。


 ラセルとキースは成人する前の何年かをカグヤで過ごした。ラセルの魔術師としての基礎は、カグヤで培ったものなのだ。


『おいひぃ~』


『王子様、カグヤ国には寄るんだよね? 寄るんだよね!?』


『そこで月の聖女について調べてみようよ~』


『神殿に行ってみようよ!』


 羽虫(精霊)達に「うるせぇ」と怒鳴る寸前で堪える。


 ラセルの母親、つまり、キャッツランド王妃はカグヤ国出身だ。女王陛下は、ラセルの母親の姉に当たる。


 ラセルが本国以上に信頼を寄せる国。精霊達に言われなくても、カグヤには寄るつもりだった。


 そして、カグヤ国の王太子は22歳、独身。ラセルのたよるツテはこの王太子だ。


 最悪カナの保護は彼に頼むことも考えている。ただ、それを意味することを考えると暗澹(あんたん)としてくるのも事実。


 精霊たちへの返事は保留とし、ラセルはいつものとおり、猫外交へと向かった。



 ◇◆◇



「うぅ~ん……ラセルちゃんはなんと可愛い。吸いたくなるわぁ~」


 恰幅のいい、ルーシブル王国のサザン辺境伯夫人は黒猫のラセルをいわゆる「猫吸い」してたっぷりと堪能する。


 想像してみてほしい。背中をオバチャンに吸われるんだ。どれだけストレスかわかるだろう。始まってから一応3分は我慢するようにしている。


「もうよろしいでしょうか……」


 ジャスト3分で、失礼ならないようにするりと抜けて、ラセルは人間に戻った。


「あらまぁ……でも仕方ありませんわね。でもずっと猫でお話していてもいいんですのよ」


――ずっと背中吸われながら話せって言うのか!


 なかなか鬼畜なことを言うオバチャンだ。


 ラセルの容姿は人間の姿だってそう悪くはないはずだが、貴族達からは猫のほうが圧倒的に受けがよい。


「ところでラセル殿下、ナルメキアの聖女の話は聞いていて?」


 辺境伯夫人はビジネスモードで切り出した。辺境伯は数年前に亡くなり、後継ぎは成人したばかり。この辺境伯夫人が実質的なリーダーとして辺境伯家を切り盛りしている。


「もちろん聞き及んでおります。異世界から召喚したという噂です」


 噂というより事実だが。()()()()という女の可憐な容姿を思い浮かべた。


「王太子とご結婚されるとか?」


「そうなるでしょうね。力の強い聖女を他国に利用されないためには、王太子の手で保護するのが一番ですから」


 王太子くらいの格が、聖女の伴侶としては必要なのだ。カグヤ国の王太子の美しい相貌を思い浮かべ、また胃が痛んだ。


「これでナルメキアは瘴気の問題から解消されて、随分豊かになるでしょうね。しかし、ナルメキアの国境付近だけ結界が強化されて、こちらはどうなるのでしょう?」


 結界の緩みの影響は、都市部よりも地方のほうがより深刻だ。多くの国は、魔族との境目から離れたところに首都を築く。


 境目に近い地域では、瘴気に侵され、人が住めず作物が育たなくなった地域も多い。土地を追われた人々は難民となり、都市部へ流出してくる。


 規模によっては国が対応しきれずに、治安が悪化する。


 そして、瘴気に侵された地域では、これまで無害な野生生物として過ごしていたものが、突獣として魔獣化する。先日のイルカのように……。


 これらの魔獣は、ダンジョンにいる魔獣とはまた異なる。ダンジョンに生息する魔獣は、生まれながらの魔獣で、人間の生息圏は侵さない。しかし、瘴気による影響で魔獣化したものは、人の生息にも影響を及ぼす。そして、魔獣化するのは人間も例外ではない。


 この状況が予断を許さないものであることは確かだ。


「もちろん、我が国も手をこまねいているわけではございませんのよ。魔法教育のなかで、聖魔法をより強化しておりますから。これは我が辺境伯家が提案したことですのよ」


 夫人はムンッと豊満な胸を張ってドヤ顔だ。


「しかし、魔法の属性の相性というものもあるでしょう? 私も魔法は一通り、超上級クラスを使えますが、聖魔法は治癒が少しできるくらいですよ」


 そうなのだ。一応聖魔法はナルメキアの魔術アカデミーでも講義としてある。しかし、ラセルの同期で聖魔法を使えたものはラセルただ一人。


 それも精度がいまいちな治癒くらいだ。


「聖魔法との相性を図る前に他の属性を覚えてしまうのが問題なのでは? 我が国では平民含め、魔法の属性を子供のころから発掘していますの。わずか少数ではございますが、治癒以上の聖魔法を発動できるものもおりますわよ」


「平民からもですか?」


 突然変異的なもので、平民でも魔力持ちというものは存在する。子供のころから広く魔力が使えるものを発掘して活用する、というのはキャッツランドでもナルメキアでもやってはいない。


 魔力は貴族の特権、という意識が根底にあるからだ。


――さすが進んでいるな。うちの国でも進言してみようかな。まぁ俺の言うことなんか誰も聞かないだろうけどな。


 ラセルはキャッツランドナンバーワンとも評価される魔術師でありながら、どうも立場が弱いのだ。


「それと、殿下ほどの魔術師でも聖魔法を不得手とするのは、男性だから、というのもあるかもしれませんわね。我が国の聖魔法の使い手は、例外なく、なぜか女性ですのよ」


「ほぅ……なるほど」


 言われてみれば、レイナも治癒が使える。治癒においては、ラセルよりもレイナの方が一枚上だ。女性、ということが関係しているのかもしれない。


 夫人のドヤ顔は続く。


「聖魔法持ちは、国家魔術師として最重要のポジションとして置いておりますの。そのもの達が結界の強化を行っておりますのよ。ラセル殿下には特別に見学させてあげてもよろしくてよ」


 結界強化の技術とは、国家機密でもおかしくはない。これはチャンスとばかりにラセルは身を乗り出した。


「しかしこれは辺境伯家のみならず、ルーシブルの準国家機密ですのよ。それ相応の対価はいただけるかしら?」


「……対価ですか」


「もう少し猫になってくださらないかしら」


――ウザ…ッ!


 しかしこの技術をカナに習得させれば、ありとあらゆる国の結界を強化することも可能になる。ナルメキアやルーシブルに、他国が瘴気対策で後れを取ることはなくなるのだ。


「実は、我が国にも二名ほど、聖魔法に優れているものがおりまして。そのもの達もお手伝いさしあげてもいいでしょうか」


 ついでにバイト代ももらおう。いざ、暴れる魔獣に遭遇したら、この天才魔術師の力も必要になるだろう。

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