ヒーラーとしての修行②
「キース様、行きすぎでは?」
レイナが不安そうに呟く。随分深いところまで来てしまった気がする。
地上の光はほとんど届かない。キースの明かりだけが頼りだ。
ちょっと不安な気持ちになってきて、傍にいたレイナの手をキュッと握った。
「大丈夫です、カナ様。レ……レイナがお守りします!」
いやいや、私の方がレイナを守りたいよ! こんなに可愛いんだもの。ビスがうらやましすぎる。
「いや、本当にまずいんじゃないか。キース、戻りましょう」
ビスが強い口調で咎めるけど、キースは不満そうだ。
「けど、全然強いモンスター来ないんだもん。カナの豪邸2棟が……」
不満そうに嘯いた時、キャァァァと咆哮が聞こえた。
「なに? いまの?」
「さ、さぁ……うふふふふ」
レイナは真っ青な顔をして壊れたように笑った。
目の前にさっそうと現れたのは、キースの待ち望んだ強敵。でかいトカゲみたいな生き物!
「サラマンダー……」
盾役のキースが挑発するように剣を構える。
「いや、絶対むりですよ、その装備じゃ。雑魚ならまだいいですけど、全然タンクの装備じゃないじゃないですか」
ビスターの声も緊迫している。剣を構えて魔法の詠唱に入る。
サラマンダーが火を噴いたのを、すかさずビスの魔法の壁で防御する。
「アイスウォール!」
魔法の壁に阻まれるも、熱波がハンパない。
「キャッ……!」
魔法の壁も一部破れ、レイナが火傷を負った。
しまった。やっぱり実戦ではうまくいかない。すぐに治癒をしたけど、痛みを感じさせずに治癒させることは難しそう。
「やったな……! これでどうだ!」
キースが剣に雷をやどらせて、サラマンダーへ斬りかかる。しかし、堅い皮に阻まれて、剣がパキンと折れてしまった。
その瞬間、一同青ざめる。
「万事休すじゃないですかーー! キース! だから言ったんですよ!」
「カ……カナ! 剣はヒールでなんとかできないのか!?」
「できないよ!」
試しにヒールをかけてみたが、物体には効かないらしく、剣は折れたままだった。
「私はあまり魔法得意じゃないんですから! アイスランス!」
ビスの氷の矢がサラマンダーへ飛んだが、威力が足りないのか、深いところには刺さらない。
ビスは抜いた剣に氷をまとわせて、炎の攻撃を避けながらサラマンダ―に挑むも、近距離で鋭い爪に跳ね返され、返す攻撃で腹を抉られる。
「ヒール!」
すかさず治癒をかけて、事なきを得る。でもこのままじゃ全滅する……!
「と、とにかく逃げよう!」
キースがバタバタとかけてくる。私たちも一目散に出口を目指すも、なにぶん足場が悪すぎる。レイナが足を取られて転倒した。
「レイナッ!」
ビスがすかさずレイナを姫抱きにするもサラマンダ―の炎が迫った。
「ルナピューリヒケーション!」
一か八かでこないだイルカを浄化させた魔法を使ってみたけど、このサラマンダーはイルカと異なり、なにかに取りつかれてサラマンダーになったわけではないので、全然効果がない。
サラマンダーがすぐそこまで迫る。これまでの人生を振り返る暇もなく、炎が私たちの頭上に迫った。
「ブリザードイリュージョン!」
終わりかと思ったその時に、凍えるような突風が頭の上を吹き荒れる。おそるおそる目を開けると、サラマンダーが氷の中に固まるのが見えた。
「あ……もう猫外交は終わっちゃったの?」
キースががくがく震えながら見上げるそこには、怒りの形相で魔法を撃った王子様の姿があった。
◇◆◇
「どういうことか説明してもらおうか」
公邸の王子専用の執務室に、私たちは四人並んで立たされた。まるで職員室で先生の尋問を受けているような気分。
「あんなクソ装備で5階層まで行くなんて、ダンジョン舐めてんのか!」
ラセルはバンッと机に拳を叩きつけ、ぶっ殺すぞ、という目で、主にキースを凝視する。クール系イケメンの怒りの形相もなかなかの破壊力だ。
「す、すみませんでした……! 完っ全に舐めてました!」
キースは迫力に押され、反射的に深々と頭を下げた。
「お前ら二人だけならまだいい。なんでカナやレイナまで連れて行った? すみませんじゃ済まないからな!」
「す、すみませ……」
「すみませんじゃ済まないって言ってんだろうがッ!」
たまたま机の上にあった文鎮を、力任せにキースに向かい投げつける。ズコーン、という鈍い音がして、キースの額が割れた。
「……ヒール」
「ヒールしなくていい!」
うぅ……反射的にヒールしてしまった。
「土下座しろ」
「し……します!」
「靴舐めろ」
「舐めます!」
さすがにこれは止めないとパワハラになっちゃう。
主犯はキースだけど、私だって何も考えずに付いていていったのも悪いし。
「あのね、キースだけじゃないの。私も悪いの。ちなみにビスとレイナは悪くないの。私が誘ったの。ごめんなさい」
私も深々と頭を下げた。
「カナは黙ってろ」
いや、黙ってられないし。キース一人を犠牲にするわけにはいかないし、白状してしまおう。
「ごめんなさい。キースは私のためにダンジョンに行こうって言ってくれたの。私がラセルの剣を弁償できるように、ダンジョンでお金を稼いだらって」
しかしこれがまた火に油を注いでしまった。
「弁償!? はぁ!? キース、てめぇカナになに言ったんだよ!? 別に俺は弁償してくれなんてひとっことも言ってねぇよ! 俺がケチくさい男みたいになってるじゃねぇか!」
「すみませんすみません! お許しをぉぉ」
「すみませんじゃ済まないと何回言えば……ッ」
「土下座します! 靴も舐めます!」
ヤバい。またパワハラループしてるし。
でも、私たちが悪いわけだし、あの時ラセルが来てくれなかったら今はここにいない。
また余計なひと言かもしれないと思いつつ、口を挟んでしまう。
「本当にごめんなさい。あの剣の代わりにはならないんだけど、でも本当にお詫びに、今日ダンジョンで落としたものを交換して、何かお誕生日にプレゼントできないかな? それで許してもらえるわけないってわかってるけど」
ピタッとラセルの動きが止まった。
「え……誕生日祝ってくれるのか?」
ラセルの視界に入らないところで、キースが私に指で「ぐっじょぶ」と合図した。




