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ところ変わってナルメキアの不穏② サイラン・アークレイside

 サイランは、質素な服を着用し、平民が暮らすエリアを目指した。


 おかげで貴族エリアから平民エリアに行く閑静な道では「なに、あれ?」「なんで平民がこんなところに紛れているんだ?」というヒソヒソとした話し声が聞こえたが、気にしないことにした。


 しかし、近衛を呼ばれたら面倒ではある。平民が貴族のエリアに入ることは禁じられているからだ。


 足早に歩き、貴族と平民を隔てている門へと向かう。門番は貴族階層の末端にいる身分の低い者だ。


 サイランを訝しむような視線を送るも、身分証を見せたらあっさりと通してくれた。


 女が脱獄したとするなら、召喚の儀の直後か……。おそらくこの辺りはもぬけの殻だっただろう。


 召喚の儀の前日くらいまでは厳戒態勢だったようだが、いざ儀式が始まるとなると、門番も含め、浮足立ったように王宮に集まったようだ。


 この辺りも危機意識が足りないと感じる。


――この国はもう終わりかもな。


 国に対する恨みこそあれ、忠誠心なんてものは皆無のサイランにとって、それは暗い喜びであった。


 さすがに、王太子の取り巻きが周りを囲んでいたので、聖女が攫われることはなかったが、いつ暴動が起きてもおかしくはないこの国において、この危機意識の低さは致命的とも言えた。


 貴族のエリアから離れると、活気のある街並みが広がる。


 屋台で食事を買う人、商いの話をする人、農作物を下ろす地方からきた農民や、出稼ぎに着たであろう外国人の姿も見える。


 だが、生活に余裕のあるような身なりの人物は少ない。


 一歩、路地に入るとスラムが広がり、生気を失くしたようなものたちがうろんな眼差しで空を眺めている。


 遠くで女の悲鳴が聞こえる。


 この国には魅力的な女も集まる。それを狙う人攫いも横行している。人攫いは海上から人を運ぶが、港湾の役人に袖の下でも渡しているのか、咎められることもない。


 そして、それを問題視する貴族も今のところ少数なのだ。


 これまで誰にも発見されていないということは、脱獄女は、貴族の支配エリアを抜け、サイランが辿ってきたルートでここまで来たであろう。


 ここからどうしたか。どのくらいポテンシャルのある人物なのかは謎だが、異なる世界からきたのだ。一人でこの街を生きていけるものだろうか。人攫いに攫われたか、あるいは金のある商人に買われたか、それとも……。


 貴族のエリアから見て、一番初めに目に着く屋台のおやじに声をかけてみることにした。


「その肉をくれ」


「ほい、800ミウムだよ」


「ついでにつかぬことを聞くが……」


 第一師団の下っ端から聞いた特徴を伝え、8日前にそのような女がうろつかなかったか伝えると、想像通りの答えが返ってきた。


「変わった身なりの子だなぁって思ったんだよねぇ。けどあっさりと人攫いに攫われてね」


 やはり攫われたか……。


 この辺りでは人攫いなど日常なのだ。身内が攫われない限り、関知しない。事情に熟知している者は、昼間でも女一人で外出はさせない。


 攫われるのは、世間知らずのお忍びの令嬢やら、外国から来た女、食う金にも困り、自ら売られにいくような女だ。


 人攫いが人を売るルート……。そう労力をかけずともわかるだろう。サイランは港湾へ向かうことにした。



 港には外国からの貿易船などが停泊している。色とりどりの国旗が掲揚され、国際色豊かな場所だ。


 そんな中に、貿易船を装った、人攫いの船があるという。明らかに不審なのに、誰も咎めない。


 俯く女達を船に乗せる男が堂々と港を闊歩している。外国の要人と思わしき貴族が、眉根を寄せてその様子を見つめていた。


――ナルメキアは恥ずかしい国だ。


 サイランは人攫いと思わしき男に近付いた。


「なんだてめぇは」


「ちょっと聞きたいことがあるんだ。お前達がしていることを咎めはしないさ」


 魔術師に書いてもらった紙を取り出して、男に見せた。


「こんな服装の女を10日前に船に乗せなかったか。髪は栗色で、顔色が悪く、目つきも悪い女だ」


 男はすぐに思い当ったのか「あぁ……」と呟き、苦々しく吐き捨てた。


「あの女は邪魔が入って連れだせなかったぜ」


「邪魔が入ったとは?」


「あまり思い出したくねぇな」


「そこをなんとか頼むぜ」


 前回の魔術師同様、手に10万ミウムを握らせた。男の目が輝く。


「路地裏で女を背負って走ってたらクソ野郎が出てきて、女を奪っていきやがったんだ。あの野郎は二年前にもしょっちゅう邪魔してきやがったクソガキで」


 これはまた軌道修正が必要だ。


「その女を奪った男の特徴を教えてくれ」


「……不愉快だな、あの野郎を思い出すのは。ほんとクソガキとしか言えないクソガキで、クソガキ以外に語る言葉はないな」


 クソガキでは全く特徴にならない。すっかりとカモにされていると思いつつ、サイランは5万ミウムを取り出す。


「背の高い、長髪黒髪のクソ野郎だよ。クソガキのくせにめっぽう腕が立つ。どっかのボンボンって噂だけどな。女にモテそうな顔してる」


 黒髪とは、栗色より珍しい。対象がぐっと絞られそうだ。


「どんなヤツだったか紙に書いてくれ」


「えーめんどくさ……」


「早くしろ」


 渋々3万ミウムを手渡し、紙を受け取った。


「大体こんな感じの野郎だったよ。もういいか」


「……あぁ、お前はなかなか絵がうまいな」


 男は満足げに去って行った。


――確かに、クソガキ以外に語る言葉はない……。


 その絵はサイランの魔術アカデミー時代の後輩によく似ていた。向こうはサイランのことを知らないだろうが、色々な意味で有名人だったのでサイランはよく知っている。


 魔術師としてはかなり優秀な部類には入るらしいが、素行が悪い。下町でごろつき相手に喧嘩騒ぎを起こしてばかりの後輩だ。無駄に正義感があるタイプらしく、人攫いの妨害ばかり繰り返していたそうだ。


 彼が魔術アカデミーに在籍していたのは二年前。そのため、二年前にも邪魔してきた、という話とも合致する。


 粗暴な行動の割に育ちはいい。なんといっても大国・キャッツランドの王子様だ。


 念のため港湾の事務局で調べたところ、20日前にクソガキ王子はこの国にやってきている。


 キャッツランド船籍の入国と出国の記録も確認してみた。


 出国の船には入国の時にはない人物が一人増えている。公爵家の生き別れの娘が見つかったとかで、その女を連れ出したという。事務局は何の疑いもしなかっただろう。


――クソガキの割にうまいことをするもんだ。公爵令嬢として捏造したなら、下手な手出しはできないと思ってるんだろ。


 サイランはクソガキ王子のようなタイプが虫酸が走るほど嫌いだ。自分の正義感を振りかざし、悦に浸って自己満足に浸っているようなタイプは叩きつぶしたくなるのだ。



◇◆◇



「……と、こんなことがわかりましてね、殿下」


 さっそく主君であるルーカスへご報告だ。ルーカスは聖女の存在に目を輝かせた。


「よくやった……! これで聖女関連の手柄は俺のもんだ。聖女の力で俺は……っ」


 まだ何も始まっていないのに、ルーカスは興奮状態である。


 俺は、の先は聞かなくてもわかる。兄の失態を追及したあと、「ほら、俺が聖女様を連れてきたぞ」とドヤり、聖女の支持の元、王座へ座る算段だ。


「しかし問題があります。キャッツランドの第七王子は以前から粗暴な行動で知られるクソガキで、大人しく聖女を渡すはずがないですからね」


 キャッツランドは南海の雄と呼ばれる大国だ。聖女を連れ出した理由として、聖女の力で国を豊かにし、武力を整え、世界の覇権へ乗り出す思惑が透けて見える。最新鋭の魔道具を駆使した艦隊は世界随一で、ナルメキアの仮想敵国として頻繁に名が挙がるのがこの国だ。


「フン。相手がキャッツランド国王や王太子ならまだしも、矢面に立ってるのは第七王子だろ? あのクソガキ会ったことあるけど、すっげぇ生意気でムカつく野郎だったよ。殺しちゃえ」


 王子という身分でありながら、「ムカつくから殺しちゃえ」と簡単に言えるところがルーカスである。そんな主君で助かったとサイランは思う。


「第七王子を殺せばキャッツランドとの間で戦争になるかもしれませんよ」


 念のために念押しをしておく。


「第七王子のために戦争なんてなるわけないじゃん。キャッツランドだってそこまでバカじゃないっしょ」


 バカなのはルーカスなのだが、そこはあえて置いておこう。


――いい退屈しのぎになる。


 サイランとしては、聖女奪還よりも打倒クソガキの方が楽しみだ。あのクソ生意気なクソガキをどう攻略するか。


 そして、これがきっかけで、王太子と第二王子間で確実に内乱に発展するだろう。その時この国は――。


 サイランの中の暗い喜びに再び火が付いた。

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