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吸血鬼の食事

「身千以はすごく可愛いよ」

 志鏡は拗ねている身千以にそう声をかけた。

「なっ」

 身千以は声を詰まらせて赤面し、士鏡に背中を向ける。

「――」

 十数秒が経過した。

 再び身千以が士鏡に向き合ったとき、まだほんのりと頬の赤い身千以の機嫌は直っていた。


 身千以はコホン、と一つ咳払いをした。

「士鏡、小都香も謝ったし、さっきの喧嘩はもう手打ちってことでいいかしら?」

 士鏡は頷いた。

「ああ」

「それじゃ行きましょう」


 士鏡が頷くと、小都香がささっと士鏡の左側に近づいてきた。

「しゅっぱーつ」

 身千以も当たり前という風に、士鏡の右側のかなり至近距離まで近づいてくる。

「村はもう見えているわね」


「そうか」

 隣を歩いている身千以と小都香を見て士鏡は思う。

 可愛い女の子2人と自然の中を歩くのも悪くないな、と。

 このように、隣の可愛い女の子たちの存在に士鏡が気を取られていたまさにそのときだった。


 突然、身千以と小都香が気絶した。

 前触れなど何もなかった。

 士鏡はとっさに身千以と小都香の身体を左右の手で支える。


「はっ? えっ? おいっ、大丈夫か?」

 二人の反応はなかった。

「どうしよう? とりあえず寝かすぞ」

 士鏡は二人の身体をそっと地面に寝かせた。


「あっ、これはまずいな。いったい何が起きている、俺も意識が――」

 士鏡も自分の意識が飛びかけているのを自覚し、慌てて吸血鬼状態に移行する。瞳が赤く染まった。


「誰だよ。いきなりラスボスでも現れたのか? 相当つえーやつが来てるな」

 士鏡はなぜ自分たちが敵に狙われているのか全く心当たりがなかった。


 それに、敵の姿も見当たらない。

 しかし、確実に敵は近くにいて、今が危機的状況であることを士鏡の吸血鬼の直観が告げていた。


「姿も見えない敵、か。異世界ライフの序盤で遭遇するにしては信じられないほどの強敵だな。俺じゃなきゃ即敗北ルートだったぜ」

 士鏡のつぶやきに反応するように、全方位から響く不気味な声が聞こえた。


「そなたはなぜ我の術で倒れない」

「やっぱり敵がいたのか」

「重ねて聞くぞ、そなたはなぜ倒れない」

「俺が倒れないのはお前の力より俺の力の方が強いからだよ」

「そんなわけなかろう」

「それで、お前は誰だ? 魔王か何かか? 姿を見せたらどうだ?」

「我は魔王などと下賤(げせん)な存在ではない。我は大天使リグロバルゼ」

「天使? 悪魔の間違いではないのか?」

 空気が震えた。


「天使の我に向かって悪魔だと? そなたの侮辱、万死に値する。成敗してくれるわ」

「いやいや、侮辱のせいにするなよ。会話を始める前からあんた俺たちを倒しにかかってたじゃないか。なぜ俺たちを狙うんだよ?」


「問答無用!」

「あっそ、まあいいけど。お前のだいたいの位置はもう掴めたし」

 士鏡の瞳の赤色の深みが増すにつれて士鏡の能力は上昇し、一方で人としての心は薄れてゆく。


「今からしばらく俺の人間の心がどんどん消えると思うから先に謝っておくぜ。ごめんな」

「謝るぐらいなら自らその命を断って反省を示すがよい」

「違う違う。そういう謝罪ではない」


「んっ? では形だけの謝罪か? 命乞いの謝罪、というやつかもしれぬな? だが人間よ、我は許さんぞ」

「命乞いなんてしてねえよ。なんでお前が勝つ前提なんだよ。俺が勝つ前提で謝ってんだよ」

「そなたは何を言っておる」


「吸血鬼ってのは良心のない冷酷な生き物なんだ。だからお前を殺しても謝罪一つできないから先に謝ったんだよ。まあ、もう遅い。完全に吸血鬼化しちまった。もう止まらねえ。お前を殺す。そしてメスなら食う」

「なにを吸血鬼などとたわけた世迷言を言っておる。せっかく我が慈悲をかけてそなたが最後に言い残す言葉を聞いてやろうと思っておったのに。もうよい、早く死ぬがよい」


 士鏡の直上から、7本の光の槍が突然降り注いだ。

「槍に貫かれてそなたは終わりだ」

「くだらない攻撃だな」


 士鏡は右腕を頭上に伸ばす。

 腕から無数の青く輝く電流を空に放ち、ことごとく頭上から迫り来る光の槍を焼き尽くした。

「これでお前は俺が最強の吸血鬼だと信じるか?」

「一度我の攻撃を防いだぐらいで調子に乗るな!」

 さらに20本ほどの新たな光の槍が士鏡鏡の頭上に出現し、士鏡を襲う。


「学習しない天使だな。その攻撃は俺には効かない」

士鏡は右腕で先ほどと同じように雷を生み出して頭上の槍を(ことごと)く焼き尽くす。

「お前の光の槍はショボかったな。異能の槍っていうのはこうやって作るんだよ」

 士鏡は黒色に光る電流の槍を創造した。

 そしてほぼ同時に、左腕を左斜め後方に向ける。

「くらえ」

 何もない左斜め後方へ高速で槍が放たれる。

 するとーー。


「ぐはっ」

 という声とともに、士鏡の左斜め後方から腹に黒い電流の槍が貫通した天使が姿を現した。


「やはりそこにいたか。お前は透明化しているからと言って油断しすぎだ」

 士鏡は振り返り、天使と正面から向き合った。

「透明化が解けたな。白だらけの服を着て、頭に輪っかがあるということは、お前はマジの天使だったのか」


 余裕の様子で天使を観察している士鏡に対して、天使は苦々しげに呟く。

「お前、なぜ我の透明化を見破れた」

「おお、メスの天使だな。えっ、なんて? 話、聞いてなかった」

「くっ、この、なぜ透明化が見破れたのかと聞いておる」

「それは俺が飢えた獣みたいな存在で、お前が俺のエサに該当するからだよ。どこに隠れようが獲物は逃さねえ。――天使の生き血を飲むのは初めてだな、美味いといいな」


「くっ、お前は狂っている!」

 天使は必死で腹に刺さった黒い槍を抜こうとするが、実体のない電流に貫かれているため、無意味な試みだった。

 天使は美しい顔を怒りでいっぱいにして士鏡を睨む。

「我を獲物扱いして捕食者気取りか、この悪魔め。吸血鬼などど悪趣味な冗談を言い続けおって」


 士鏡は冷酷な笑みを浮かべる。

「天使に悪魔と言ってもらえると嬉しいね。最高の褒め言葉だよ。それと冗談ではないよ。本当に吸血するからな」


 士鏡はあっという間に天使の肉体に接近し、その真っ白な首筋に牙を立てた。

「当たりだ。美味いな。服を脱がしておけばよかった」


「脱がす、だと、あっ、我の意識が、あぁ」

「人間にとって食材を焼いたり塩をかけたりして調理するのと一緒だよ。吸血鬼は獲物の服を脱がすことが調理なんだ。今はそうだな、焼肉のたれをかけずに極上の肉を食っている気分だ。って、もう聞いてないか」


 天使は一瞬だけ絶望の表情を見せたが、すぐに吸血鬼の異能によって意識が快感に飲み込まれてゆく。


 吸血鬼は噛んだ獲物に牙から快感を流し込むのが常だった。そうすることで、同じ快感がもう一度欲しくなり、その獲物は次回以降、自発的に吸血鬼に自らの血を捧げに来ることがある。

 ーーまあ、といっても、2度目の快感欲しさに獲物が来る確率は10%ほどだが。

 また、快感によって獲物は暴れなくなる。

 これらは吸血鬼が捕食者として生存確率を高めるために種として進化してきた結果だった。


 それはさておき、今回は次回以降などない。快感は自動的に流し込んでいるに過ぎず、この際意味はない。

 士鏡は天使をここで殺すつもりだった。敵を生かす理由がないからだ。

 吸血鬼に慈悲はない。

 吸血鬼は多少は損得勘定で動くことができるものの、はっきり言って冷酷な怪物だ。

「あぁ、あんっ」

 天使は吸血されたときの人間の女と同じように快感を感じて嬌声を上げる。


 その声は徐々に小さくなり、表情は快感に歪んだまま次第に生気を失ってゆく。

 血を吸いつくし、士鏡は満足して牙を離した。

「死ぬ前に最後に一つ聞かせてくれよ。なぜ突然俺たちを襲った?」

「ーー」

「ちっ、こいつ、もう死んだのか」


 天使の死体は光を放ち、砕け、光の粒子となって空に消えた。

「いや、俺が殺したんだ。だが、やはり人間状態の時とは違って全く罪悪感を感じないな。ーーさて」


 吸血鬼状態の士鏡は地面に横たわる身千以の方に向き直り、近づいた。

「なあ身千以。俺は魔王の姫と忍者の村の関係の修復の話は聞いたけどさ、天使の話なんて聞いてないぜ」

「ーー」


 意識を失ったまま、身千以は美しい寝顔とともに無防備な色白の首筋を晒し続けている。

「そうだ。天使のことなんて俺は全く聞いてなかった。おかげで面倒な目にあった」

「ーー」


「俺は今満腹だ。だから吸血鬼状態にしては珍しく、ささやかな理性が働いているんだぜ」

 だが、士鏡の視線は先ほどからずっと身千以の首筋に固定されていた。

 士鏡の体内では今、急速に新たな食欲が湧き上がっていた。

「だが吸血鬼の理性は小さいぞ」


 やがて小さな理性を新たな食欲が勝る。

「身千以、大事なことを俺に話していなかった罰として、お前の血をもらっていいよな? 大丈夫。お前のことは殺さない。ただ、吸血前に服は脱がすけどな」


 士鏡が身千以の肉体を抱き起こし、着物の帯に手をかけたそのとき、身千以の目がパチリと開いた、

「あれ、私。ーー士鏡?」

 目が合うと、士鏡の理性が復活する。


 士鏡は吸血鬼状態(ヴァンパイア・モード)から人間状態(ヒューマン・モード)へと戻り、同時に人間の心も取り戻す。

 士鏡はいつでも自由に吸血鬼状態(ヴァンパイア・モード)になることができるが、人間状態(ヒューマン・モード)に戻る時はそうはいかない。

 人間状態に戻る時はいつも運任せだった。

 このタイミングで人間状態に戻れたのはラッキーだった。

 くノ一の肉体には俺の理性を呼び戻す何か特別なものが備わっているのだろうか? などと思う。


「何かあったの?」

 身千以の問いかけに、士鏡は二呼吸置いて答えた。

「何もなかった」


 天使の(むくろ)は既に地上にはなく、何一つ戦闘や吸血の痕跡は辺りに残っていなかった。

 (また殺してしまった)

 人間状態(ヒューマン・モード)に戻った士鏡はいつも、たとえ敵がどんな悪役だとしても、殺しに対する本能的な罪悪感を覚える。

 そしてそれは自己嫌悪につながったりもするが、今はすべての感情を押し殺して身千以の前で平静を装う。


「ただ、危いところだったよ」

 士鏡はいつでも自分の意思で吸血鬼モードを解除できるようになりたいと思った。いつも人間状態に戻るときは運任せだ。今回は身千以を襲う前に人間状態に戻れた幸運を噛みしめる。

「ラッキーだった」


「やっぱり何かあったの?」

「君と小都香が急に倒れたんだ。二人ともちゃんと地面にぶつかる前に受け止めたから怪我はないはずだよ。素早く君をキャッチできてラッキーだったという意味だよ」


「私、倒れた、なぜ? 疲れてるのかしら。ーーありがとう」

「気にするな」

「でもなぜ小都香も一緒に倒れたのかしら?」

「さあな。俺にはわからない」

「そう、それと、あの、士鏡? さっき目が赤くなかった?」

「気のせいだと思うぞ」

「でも、あの」

「倒れたことはもうこれ以上気にするな。きっと大丈夫だ」


「そうじゃなくて、あの、いつまで私を抱きすくめているつもりよ。私、男の子に免疫ないって言ったよね! すごく恥ずかしいわ」

「それはすまなかった」

 士鏡は意識を取り戻したばかりの小都香のもとに向かい、異常はないか尋ねた。

 結果、小都香の身体にも異常はなく、二人とも健康だった。

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