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嫌いになったんでしょ

 彼女は何かを考えるような仕草を見せたあと、スッと顔を上げた。

「よしっ、えーとね、村に着いたあとの予定だけど、すぐに村長のところにあなたをを案内しないといけないわ」

「村長?」

「ええ、あなたはそこで村長から正式に依頼を受けてくれない?」

「わかった」

「ありがとう」

 彼女は再び可愛らしい笑顔をのぞかせた。


 なだらかな下り坂を二人で歩く。

 道の横幅は少し狭いがサクサクと坂道を下っていく。

 士鏡は田舎道を歩くのには慣れていた。

「なあ」

 彼女に声をかける。

 彼女は正面を向いたまま応答する。

「何?」


「君の名前は?」

身千以(みちい)

「ミチイ?」

「うんそう。あなたは?」

「俺は深草志鏡(ふかくさしきょう)

「そう、シキョウ。覚えたわ」


 覚えるのは下の名前なんだ。別に嫌ではないけど。と、士鏡は照れそうになる。

 そしてそこで士鏡は異常に気づく。

 ――俺が照れるのはおかしい、ありえないだろ。


 吸血鬼の獲物は人間の異性だ。

 獲物を獲れない捕食者は死ぬしかない。(最近は違うが)

 死にたくなければ獲物を(おび)き寄せなければならない。

 容姿に優れている方が獲物を(おび)き寄せやすい。


 だから、吸血鬼は吸血対象を確保するために生まれつき容姿に恵まれていることが種としての生存戦略のようなものだった。


 士鏡は自惚(うぬぼれ)れ屋ではないが、吸血鬼は皆容姿端麗(ようしたんれい)であり自分もその一員であることを自覚していた。


 そんな吸血鬼が獲物から照れられることは当たり前だが、逆に吸血鬼自身が獲物に照れることはおかしい。


 この疑問を士鏡はそれとなく隣を歩く女の子にぶつけてみる。


「あのさ、捕食者が獲物に照れることがあると思うか?」

「その質問はどういう意味かしら?」

「特に意味のない、日常会話だと思ってくれ」

「異世界東京の人はおかしな日常会話をするのね。えーと、【捕食者が獲物に照れることがあるかどうか?】という質問だったかしら?」

「ああ」

「照れることは絶対にあると思うわ」

「なぜ?」


 美少女はツンと澄ました顔で得意げに解説する。

「言ったでしょ。私は異世界東京で士鏡のことを探していたって。その時の私は捕食者の気分だったもの。だから私は捕食者の気持ちがわかるの」

「人探しをするだけで君は捕食者の気分になるのか。もしかしてこれから俺は君に食べられるのかな?」

「そんなことは――。ないわ」

「なぜ一瞬言いよどんだんだ?」

「そう怖がらないで、ね」

「うーん」


 コホン、と美少女は一つ咳払いしてから話を戻す。

「で、あなたの疑問に対する回答として私の経験談を教えてあげるわ」

「ああ」

「捕食者気分だった私は士鏡に照れたわ」

「俺に?」

「ええ。私は東京のコンビニで見たの。店内で士鏡が後ろから聞こえた中学生ぐらいの女の子の「すみません」という声に反応して振り返って声を張って「なんですか?」って返事をしたら、その女の子はまったく別の人に話しかけていたの。女の子は「えっ?」って感じで顔が引きつっていたわ。その様子を見たとき私もとても照れたの。共感性羞恥心というやつかしら?」


「それは照れる、とは少し違うような」

「えっ? そうかしら?」

「そうだよ」

「よくわからないけど、じゃあさ」

「何だよ?」

「照れる、といえば、士鏡は照れたりしないの?」

「俺の一族は代々照れない血筋なんだ。でも最近はその【照れない】本能も薄れてきた気がする」


 吸血鬼は人間を襲うときに吸血対象に毎回照れていたら食事がしにくい。

 だから吸血鬼は本能的に照れない。

 とはいえ、21世紀の吸血鬼は一部を除いて人を襲わない。

 47都道府県の専門店で血液を購入することができるからだ。

 狩りをしなくなった吸血鬼はその本能を薄れさせてきているということだろう。


「変なの、照れないなんて全然人間らしくないわ。なんか嘘っぽい話ね」

「実際俺は、幼稚園、小学校、中学校、高校と一般的な共学の学校に通ってきたが、他の人と比べると照れることはほとんどなかったな」

「可愛い女の子と目が合っても?」

「ああ、今日までは」

「今日まで?」

「いや、今日までほとんど、という意味だ」

「ふーん、私とは逆ね」

「何が?」


「私たちの【忍者村】は男女で通う学校が違うから、異性に対する免疫が薄くて照れやすいのよ」

「へー」

「今も私、士鏡に照れないように必死に頑張っているんだから」

「照れそうなときは、何か事務的な話をしたら照れずに済むらしいぞ」

「するわ! いますぐ事務的な話をするわ! かなり切羽詰まっているの」

「はい、どうぞ」

「個人的な事務的な話でもいい?」

「個人的な?」

「ええ」

「事務的な話というのは通常、私情を交えない話という意味なんだが」

「いいから聞いてよ」

「わかったよ、なに?」

「私には滅ぼしたいたい国があるの!」

 この子の発言はたまに怖いなと士鏡は思う。


「うーんと、何の話だ?」

「だから私が滅ぼしたい国の話よ」

「国を滅ぼす? そんなことをしたらどこの国だろうと多くの死人が出るだろ」

「覚悟はできているわ。でも、被害が最小で済むように敵国のトップを暗殺するつもりよ」


「話についていけないが、とにかく、暗殺というのはえげつないやり方だな。敵国の支配者と友好関係を結ぶという選択肢はないのか?」

「あの国の最高権力者は私の個人的な(かたき)でもあるし、絶対に殺すわ」

「ちょっと待て。いったん落ち着いて考えをまとめる時間をくれ」

「そんな時間は必要ないわ。簡単な話よ。国を滅ぼす。トップを暗殺する。ただそれだけよ」


 無意識に、士鏡はこぶしをぐっと握り締めていた。

「そうか。俺は君が嫌いになったよ」

「えっ」

 身千以の瞳孔(どうこう)が大きく開いた。

 動揺しているのがわかる。


「君が『魔王の姫』との関係を『修復』したいというのも自分の恐ろしい望みを叶えるためか」

「違う。村からの依頼と今の私の話はまったく関係ないわ。別問題よ」

「関係がない?」

「そう、無関係」

「俺は関係のない話を聞かされていたのか。もうわけがわからない」


 身千以はスラスラと話し続ける。

「国を滅ぼす云々は、私の【個人的な】願いよ。最初に言ったでしょ。私の個人的な話だって。士鏡にはもっと私という人間のことを知って欲しいから話したの」

「難しい話はさておき、まあ、俺も君に興味はある」

「ありがたいわね」

「なんにせよ、君はある国を滅ぼしたいんだな」

「そうね」


「何故? どうして君はそこまでして他国を滅ぼしたいんだ。やはり俺にはわからない」

「――」

 身千以は黙ったままだった。

「そんな恐ろしいことを願うのは、復讐が理由か?」

「そう単純な話ではないわ」


 身千以は真っすぐな瞳で士鏡に向き直る。

「私は暴君が支配するあの国から妹を救いたいの」

「妹を救いたい、とはどういうことだ?」

「私が滅ぼしたいその国は私の故郷『魔女の国』。私は忍者と魔女のハーフ。父と姉は魔女である母に殺され、妹は母に洗脳されて魔女にされた。私だけが逃げ延びた。だから成長した私はあの国のトップである母を殺して妹を救う」


 身千以は悲しげな遠い目つきをした。

 どういうわけか士鏡の胸の内には深い同情の念が湧き起こった。

「あのさ」

「何?」

 身千以は元の凛とした目つきに戻る。


 士鏡は身千以の両肩を自分の両手でギュッとつかんだ。

 この子に何か優しいことをしてあげたいと思った。

 それに吸血鬼の力を使えばこの子のためにできることがたくさんある。

「詳しく聞かせてくれ。君の過去を、その国のことを。俺は君の力になりたい」

「え、イヤよ」

 無下(むげ)に断られた。


 ショックだった。泣きたい。

 と士鏡は()()()()()落ち込む。

 身千以はあさっての方向を向いた。

「だってあなた、私のことを嫌いになったんでしょ!」

 身千以の横顔はかすかに不満気(ふまんげ)な気配を漂わせている。

 ――俺がさっき彼女を嫌いになったと言ったことを根に持っていたのか。と士鏡は思い当たる。


 身千以は照れたような、怒ったような、何とも言えない表情で士鏡の方に向き直った。

「私、別に、あなたの発言を根に持っているわけではないのよ」

 なんだ。根に持っていないのか。

 よかった。

 それとも、まさかこれが有名なツンデレ――。


 などと士鏡が勝手な推測をしているうちに、身千以は独りでスタスタと先へ歩き始めた。

「あ、待ってくれ」


 それからふたりはしばらくの間、普通の雑談を交わしながら並んで歩いた。

 そして十数分が経過した。どうでもいい雑談はまだ続いていた。


「――それでね、忍者の修行は実際のあらゆる任務を想定しているから、一日中トイレを我慢するという修行もあるんだけど、修行が終わったあと生徒たちがトイレに殺到するのよ。当然よね。それでトイレの前には先生たちがこっそり落とし穴を掘っていたから、どうなるかわかるでしょ、私はそういう数々の地獄を生き延びてきたからとてもたくましいくノ一になれたわけよ、ーーあっ、待って」


 唐突に身千以が会話と歩みを止める。

 平地はもうすぐ目の前に見えている。

 村の外れの入り口の柵までここからあと300メートルほど進めば到着する。

 だからここは立ち止まるにしては中途半端な位置だ。


「こんなところで立ち止まってどうした?」

 返事がない。身千以は無言で周囲の気配に神経を張り巡らしていた。

 真剣な表情だった。

 さっと身千以は自分の腰の刀の柄に手を伸ばした。

 身千以が小声で囁く。


「気をつけて」

 身千以の全身から猛烈な勢いで殺気が(ただよ)い始めていた。

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