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放置された吸血鬼

 異世界人の美少女が突然歩みを止めた。

「それはそうと、(わたし)用事ができたの。10分で戻るからここで待っていてちょうだい」


 そう言い残して異世界人の美少女は急に方向転換して去って行った。

 士鏡は後ろ姿に語りかける。

「おーい、おかしいだろ。異世界に来て初手で放置プレイとはどういうことだよ」

 彼女は背中で返事をする。


「私、村を襲うゴブリンの集団の気配を見つけたの。あのゴブリンの雌の集団は、先日も村の人を殺したから仇を取って来るわ」

「それなら俺がここに放置されても仕方ないな。人間を殺すゴブリンのメスの集団。この世界にはそんなのがいるのか」

「ええ、手早く始末するわ。私には10分あれば十分(じゅうぶん)だから」

「俺もついて行ってゴブリン退治を手伝おうか? 君の身の安全は保障できないが」

「――? ちょっと何言ってるのかわからないけれど、不要よ、ここで待ってて」

 異世界人の美少女はあっという間に士鏡から遠ざかって行った。


「さて、どう過ごすか」

 見晴らしの良い林の外れに一人取り残された士鏡は退屈だった。

「10分ぐらいなら時間をつぶすのも簡単か」

 ポケットからスマホを取り出す。


「げっ、Wi-Fiも6Gもつながっていない」

「――」

「景色でも眺めるか」

 しかし、士鏡が綺麗で広々とした田舎の風景を楽しむ間もなく、邪悪な気配に包囲された。

 士鏡は特に焦るでもなく、問いかける。


「何者だ?」

「ニンゲン、コロス」

「ゴブリンかな?」

「そうだ」

 士鏡を取り囲んでいた邪悪な気配の正体はゴブリンのオスの集団だった。

 

 士鏡はスマホのカメラでゴブリンを記念に撮影する。

「これがゴブリンか。しかし全員胸がないな。オスの集団? あの子が倒しに行ったメスの集団はどうしたんだ?」


 ゴブリンたちは醜い口をのろのろと動かして話す。

「オンナタチハ、サッキ、シュッパツシタ。ムラヲオソイニ、イッタノダ」

「お前たちオスのゴブリンもやはり人間を襲うのか?」

「アタリマエダ。ニンゲン、コロス。ニンゲン、アタマガイイ、ダカラキライ」


「なら、戦う前に確認だ。お前たち、人間の女をさらって近くに連れてきたりはしていないよな」

「ニンゲン、サラワナイ。コロス。ユウカイ、メンドウ。ソロソロ、オマエヲコロス」

「どうしても俺を殺すのか?」

「ソウダ」

「仕方ない。やろう。付近に人間の女がいないのなら俺は全力で戦える。戦うときの俺は吸血鬼状態(ヴァンパイア・モード)だからな」


 吸血鬼には人間の異性の血を吸う習性があった。

 士鏡は今は【人間状態(ヒューマンモード)】だが、本来【吸血鬼(バンパイア)】である。

 しかも士鏡は日本における吸血鬼の王族なので吸血衝動は特に強い方だ。

 だから敵が人間の女だったり近くに人間の女がいるときは正直困る。

 戦闘そっちのけで【食事】にはしる恐れがあった。

 吸血鬼状態(ヴァンパイア・モード)になると性格も変わり、冷酷な化け物になってしまう。


 ゴブリンの集団はゲラゲラと下品な大笑いを起こした。

「ニンゲン、ヨワイケド、ミンナ、カシコイ」

「人間は賢い? ああ、じゃあ、何で笑ってるんだ?」

「デモ、コノニンゲン、ワ、バカ。コンナ、バカナ、ニンゲン、ハジメテ、ミタ」

「どういうことだ?」

「バンパイア、ナンテ、イナイ、ミンナ、シッテル、バンパイア、ドコニモイナイ、シンジル、ソレ、オオバカ、アホ、マヌケ」

 

 士鏡はやれやれと首を振る。

「俺はゴブリンにバカにされた初めての人間というわけか。まあ正確には俺は普通の人間とは少し違うが」

「ニンゲン、タクサン、コロシテキタ。デモ、バカナ、ニンゲン、ヒトリモ、イナカッタ、オマエ、メズラシイ、コロシヤスソウ」

 殺しやすそう、というフレーズが気に入ったのか、ゴブリンたちは口々にはやし立てる。

「コロシヤスソウ! コロシヤスソウ !コロシヤスソウ!」

「はいはい」


 士鏡は力強く目を見開き、瞳を真っ赤に染める。

 吸血鬼化は瞬時に完了した。吸血鬼状態になったことで異能の力が目覚める。

 士鏡はさっそく右腕を手前の地面に向けて伸ばした。

 数秒後、地面にはぽっかりと深くて巨大な穴が穿たれていた。


「ここがお前たちゴブリンの墓になる」

「ゴブリン、ハカ、ツクラナイ。ハカ、ツクルノ、ニンゲン、ダケ」

「ゴブリンは死者を弔わないのか」

「コノナカデ、オマエダケ、ニンゲン。ダカラ、ソノアナ、オマエシカ、ハイラナイ」

 ゴブリンたちはやはりゲラゲラと笑う。

「オマエ、ジブンノ、ハカホッタ」


「俺はゴブリンごときに煽られているのか。吸血鬼には煽り耐性はないんだがな」

「ジブンノ ハカ、ホッタ、オマエ、ヤッパリ、バカニンゲン」

「人間じゃなくて吸血鬼な」

 ドッと大爆笑が起こるが、その笑顔がたちまち凍り付く。

 士鏡がパチンと指をならすと地面に掘った穴の中心に向けて風が吹き、次々とゴブリンたちが穴のなかに吸い込まれ始めた。


 ゴブリンたちはまるで掃除機に吸い込まれる塵や埃のように無力だった。

 ゴブリンたちは何の抵抗もできないまま強力な風に引き寄せられ、穴の中に入り、一匹一匹数が減っていく。


 背中を向けて逃げ出したゴブリンも容赦なく吸い込まれ、ゴブリンが士鏡目掛けて弓で放った矢も穴の中に吸い込まれる。

 最後まで抵抗して仲間より数秒間長く風の吸引に耐えていたゴブリンがいた。

 その最後の一匹、おそらくゴブリンの首領もついに穴の中に吸い込まれる。

 このゴブリンが穴の淵で士鏡に懇願する。


「タスケテ、アヤマル」

「だめだ」

「オレ、ヨメ、デキタトコ、ヨメト、イッショニ、コレカラ、ゴブリン、モット、フヤシタイ。ダカラ、タスケテ」

「余計にだめだ」


「オジヒヲ、タスケテクダサイ」

「慈悲だと? 残念ながら吸血鬼は無慈悲な生き物なんだよ」

 最後のゴブリンが真っ暗な穴の中に姿を消した。

「人間を獲物にしていいのは俺だけなんだ」

 

 士鏡は右腕を伸ばして異能力を使い、穴に土をかぶせた。

 その空間は何事もなかったかのように元に戻った。

 士鏡の瞳から赤みが消えた。【人間状態(ヒューマンモード)】に戻った。

「30匹は殺したか」


 吸血鬼状態の時は生き物を殺してもまったく何の罪悪感も感じない。

 しかし今は人間状態に戻ったので、悪者を始末したという理由があるにしろ、殺しに対する本能的な罪悪感が生じていた。

 しばらくの間、士鏡は墓標もないゴブリンの墓に黙祷を捧げる。

 やがて士鏡は顔を上げ、気分を切り替えるようにゆっくりと目を開いた。


「さて、吸血鬼化したせいで体力を消耗したな」

 士鏡の頭の中に不安がよぎる。

「そういえば、この世界で人間の血が飲みたくなったらどうやって調達すればいいんだ? 日本みたいに店で売っているといいんだが」


 そこへ、美味しそうな血をたっぷり蓄えた人間の美少女が戻ってきた。

「お待たせ、メスのゴブリンを倒して無事に村人の仇は取れたわ。さあ、これから村に案内するわ」

「あ、ああ」

 士鏡の視線が美少女の色白の首筋に惹き付けられる。

 彼女は小首をかしげた。さらりと綺麗な黒髪が揺れる。


「あれ、どうしたの? 何かあった?」

「いや、何も。ただ腹が減っただけだ」

「あはっ」

 彼女はぷっと無防備に明るく笑う。


「美味しいものなら村にたくさんあるわよ、ついてきて」

 美少女が村を目指して歩き始める。

「そうだな、たくさんいそうだ。食べたらいけないものまで食べないように、理性を働かせないとな」

 士鏡は自分に言い聞かせるように決意をこめて呟く。


「食べられるものを食べよう。俺は人間の普通の食事も結構好きだ」

 前を歩いて先に進んでいた異世界人の美少女が振り返る。

「何か言った?」

「いや」

「もう!」

 彼女は可愛らしく頬を膨らませて戻ってきた。


「ぼおっと立ってないでちゃんと私についてきてよ」

「ああ、そうする」

 士鏡は彼女の後に続いた。

 彼女は歩くペースを落とす。

「並んで歩くわよ」

「わかった」

 士鏡は隣に寄ってきた、シャープで美しい彼女の横顔に視線を向ける。


 特に彼女の血は美味そうだ。そう思った。

 だからこそ無暗に彼女を力ずくで吸血しないよう気をつけようと心に誓う。

 俺は悪者になるために異世界に来たわけではない。

 むしろどっちかというとヒーローになりたい、と士鏡は幼い頃の夢を思い出した。


「この異世界で、俺は君を助けるよ」

「ありがとう」

 美少女はソワソワしながら頷いた。


「嬉しいわ。あなたに頼みたいこと、これからの予定は、えーっと。一緒にどこかに遊びに行きたい、じゃなくて、任務が優先で――、あれっ、私、今変なこと――、魔王の姫、悪の天使……」

「どうしたんだ?」

「待って、あなたと話していると緊張して考えがまとまらない、こんなの初めてよ」

 美少女は急に(うつむ)いてしまった。

 

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