泣訴
あなたに会いたいわ。
私、きっと、ずっとずっと我慢していたのよ。
私、気がついたの。本当はずっとあなたに会いたかったの。
ごめんなさい、私、ほかの人で随分たくさん穴を埋めてしまったの。でも、どの人も足りなかったわ。みんなどこか違っていたの。本当よ。私はあなたに嘘をつかない。やっぱり私は、あなたでないとどうにもならないのよ。
あなたへの未練も、すっかりないと思い違いしていたわ。今さら都合良く好きになったなんて、思わないでちょうだい。私はずっとあなたを好きなのよ、あの頃と何も変わらないわ、いいえ、私、少しみじめになったかしら。
ねえ、考え直さない? 私、あなたを想っているときが、ほかのどんなときよりも可愛いはずなのよ。そんな私をあなたが独り占めにしていいのよ。少し、意地悪しようかしら。ついこの前に別れた男のひとが、私をとても美人と言っていたわ。どう? 惜しいと思わない?
私ね、思い返してみると、あなたにも問題があったと思うわ。決して不平不満ではないの。ただ、私といることがどれだけあなたのためになるか、あなた自身のためにも知った方がいいわ、絶対にそうよ、人はみんな産まれてきたその時から、豊かに生きることが義務付けられるのよ。
たとえばあなた、お会計の時、ひと言も喋らないの、あれは、やめた方がいいと思うわ。別れ際に言うべきだったのかしら。でも、あの時にはもう無関係の人と錯覚して、いいえ、ほんとうは、別れが寂しくて何も大したことが言えなかったわ。でも私、ずっと恥ずかしかった。あなたと一緒に買い物をすると私の神経がすり減るわ。いま、おひとりでしょうけど、感謝は大切にしないといけないわ。私への感謝は忘れても構わないけれど、……こんなふうに甘やかすから赤の他人にも疎かになるのかしら。何でも厳しく口酸っぱく言えば却って今も一緒にいたのかもしれないと思うと、私もばかね。
しばらく離れていると、私のこんな言葉も、あなたにとっては何でもないものかしら。それとも、私の性悪なのを確認して満足? あえて率直に言うわ、どちらも全く方向外れの誤解よ。私は余程の勇気を振り絞って、このお手紙を出しているわ。
少し懐かしい話をしない? あなた、将来は画家と言っていたでしょう。私は絵のことはからっきしで。ねえ、あなたは私を見下していたんじゃない? 隠さなくていいのよ、私だって分かってるんだから。でもね、私にも得意なことくらいあるのよ。手紙と、それから、あなたへの奉仕。私と別れてから苦労ばかりしているはずよ。繰り返しになるけれど、隠さなくていいわ。
本当に、真面目に心配事を書くわ。洗濯、溜まってないかしら? いきなり復縁なんて言わないわ、たまに洗濯くらいしに行ってもいいかしら、心配なのよ、恋ごころというより親心に近いのよ。あなたを放っておくと、部屋のどこにも足の踏み場なんてないんだから。お風呂は毎日入っているの? ごめんなさい、無駄なことを聞いたわね。分かりきっているもの。女の子は不潔な人は嫌いよ。私でなかったら、だめね。……もちろん、あなただから平気なのよ。誤解しないでね。ご飯は? 冷凍食品どころか、毎日カップ麺? ときどきなら、手料理、タッパーに詰めて持っていくけれど、要らない? 余計かしら。私もあまり上手ではないもの。でも、美味しい美味しいって食べてくれたわ。ねえ、普段、ひどい食事なんでしょう? 私と住む前は何を食べていたの? 手料理というだけで美味しく感じるのだから、相当ね。迷惑でなければ、私、あなたのご飯を作ってもいい? 作りたいわ。きっとだめね。私のことが、もう嫌い?
取り乱してごめんなさい。最近の私はどこかおかしいのよ。いいえ、本当はあなたと離れてからずっとおかしいの。遂にこんな手紙を書いちゃった。限界だったのよ、きっと。
ねえ、私あのあと痩せたわ。胸はあなた好みのままよ。お尻は萎んだかもしれないけれど、気にしないわよね。お化粧すこし変えたのよ。絶対に、絶対にあの頃より綺麗になったわ。みんな褒めてくれるのよ。こんなこと自分から言いたくないけれど、私を美人扱いしないのはあなたひとりだけよ。ねえ、あなたのお眼鏡にかなうように頑張ったの。ひと言褒めてくれるだけでいいのよ。会いたいわ、お願い。あなたはたったひと言の労力でいいの。あとはもう何もいらないの。死んだっていいわ。ねえ、いつでもいいから、あなたの都合にいくらでも合わせるから、近いうちに会わない? 私の気が狂う前に。
ところで、別れたの、私の誕生日の一週間前だったわね。わざとじゃないの、分かってるけれど、いい時機に捨てたものね。出費が減るでしょう? 私の親は、私の誕生日なんか忘れていたわ。もう二十だもの、そんなものかしら。でも、弟のことは変わらず甘やかしていたわ。私、あなたには祝ってほしかった。私が産まれたこと、形式上でもいいの、めでたいと言ってほしかった。私にその価値のないのがいけないの? 私は何をすれば認めてもらえるの? 他人事で考えてはダメよ、私が求めているのはあなたなの。
それから、あなた、私を抱くときに、私の体のいろいろの傷、いたわるみたいにキスしてくれたでしょう。嬉しかったの。あれはね、お父さんにつけられたのよ。女だからって関係ないわ。お母さんのことだって殴っていたもの。人に見られるの、怖かった。恥ずかしかった。あなた以外の誰も、あなたみたいに触れてはくれないわ。見ないふりよ。優しさのつもりだって、分かってはいるけれど、私にはつらいのよ。私、あなたがいないと、本当にどこにも行き場がないのよ。少し前のひどく暑い日の夜中、ひとりで出歩いて、行きずりの人といけないことをしたわ。あなたのことを考えていたの。あなたはこれを聞いてどう思うのかしら。気味が悪い? あんなに愛してくれたのに、変わるものね。私は何も変わらない。だからこんなに苦しいの。もう一回、私の命の恩人になってくれない? 大袈裟じゃないわ。
これだけ書いたのに、まるで手応えがないの。あなたの反応が概ね予感できてしまう。好きって、つらいものね。私、いっそ都合のいい女……いいえ、女でさえなくてもいいわ。あなたの芸術の片手間に、肉塊でもいいの、慰み物でいいの、また側に置いてくれたら、前みたいにいくら浮気したって、今度は私、責めるほどの立場じゃないわ、お金だって稼いでくる、なんでもしてあげる、あなたのために今後の人生全て使ってもいいの、あなたはそれでもただ私を利用しているだけでいいのよ、悪いこと言わないから、ね、また一緒にいさせてちょうだい。あなたが女を連れ込んだら、私は何も言わずに出かけるか、奥のほうであなたのズボンでも縫うことにするわ。ね、どう? それでも、嫌? 私には覚悟があるわ。あなたには、一生かかってもできない覚悟よ。私はいつでもあなたと死ねる女です。一人でさえ死ねないあなたとは、まるで違っているのよ。だからこそ、あなたを支えられる自負があるわ。あのね、しばらくは甘い蜜を吸って、好き放題で構わないけれど、将来は妻にしてほしいの。それだけでいいわ。最後に、私を選んでさえくれれば、それで。
お返事、かならずください。くださらなかったら、押しかけます。夜道にはお気をつけて。
あなたに捨てられ、順当に狂っていった女より。
追伸
このあいだ買っていたアイス、あそこのスーパーよりも、すぐ近くの薬局のほうが安いわよ。