赤いくま
むかし書いたものです。
ある森に、一頭の変わったくまがおりました。頭からつま先まで、真っ赤なのです。
このくまは、なにぶん、からだが赤いので、緑の森のなかではひどく目立って、ごはんを捕まえられません。
なので赤いくまは、いつもおなかをすかせておりました。
また、このくまは、遠目から見てもその姿がわかるので、みんなくまを恐れて、近寄るものはありませんでした。
くま同士でさえ、奇妙な見た目をいやがって、彼をあぶれものにするのです。
なので彼には友達がひとりもおりませんでした。
ある日、このくまが、ひとりで寂しそうに川の水を飲んでいると、一匹の白うさぎが近づいてきました。
「やあ、君は変わっているね」
くまはとても嬉しい気持ちがしました。誰かと話すのは、生まれて初めてのことだったのです。
「そうかなあ。生まれつき赤いんだ。返り血なんかじゃないよ、ぼくは恐ろしいくまなんかじゃないんだ」
くまは、悲しそうでした。うさぎはそんなことには興味のないようすで、川の水をひとくち。
「へええ。かわいそうに。でも、ぼくの目も真っ赤だからなあ」
そう言って、くまに向き直ると、むじゃきに笑うのでした。
くまも、恥ずかしそうに笑って言いました。
「それも、そうか」
ふたりは、この日からたいへん仲良しの友だち同士になりました。くまには、生まれてはじめての友だちでした。
来る日も来る日も、ふたりは出会いの小川に集まって、小石を蹴ったり、草花できれいなかんむりをつくったりして、たわいのない遊びをしていました。
またある日のこと、くまの空腹は、そろそろ限界でした。生まれてこのかた、ずっとずっと、水と草だけで過ごしてきたのです。しかしくまは、肉食どうぶつでした。
「やあ、元気がないね。今日はね、君のために取っておきの遊びを考えてきたよ」
うさぎが楽しそうな笑顔でやってきました。くまは、今にも倒れそうな顔をしてへんじをします。
「嬉しいな、どんな遊び?」
「うん、それはね、狩りごっこっていうんだ。ぼくが獲物の役をやるから、君がぼくを追っかけて捕まえるのさ。どう?」
「わかった、やろう」
「それじゃ、ほら、つかまえてごらん。やあい、やあい」
うさぎは、身軽に跳ねながら、くまの周りを走っています。くまは、おなかがへって、前後不覚でした。なかなかうさぎが捕まえられません。
「なあんだ、君、のろまだなあ。大きいから仕様がないか」
呆れた様子でぽりぽりと頭をかきます。
「それじゃ、ほら、止まってるから捕まえてごらんよ。おいで」
うさぎは仰向けに寝そべって、だらりと体の力を抜きました。くまは、じっとうさぎを見ています。
「ほら、ほら、早く」
うさぎの無邪気な笑顔。
くまの口もとに、なにかが光りました。
「うさぎくん、ねえ、君はぼくの一番の友だちだよ」
「当たり前だよ、ずっと友だちさ」
「うん、ありがとう、ずっと友だちだよ」
それから、一時間、二時間、三時間……くまはしばらく眠っておりましたが、ふと、小川のせせらぎで目を覚ましました。あたりを見回しても、うさぎはおりません。
「ん……寝ちゃった。うさぎくん、帰っちゃったかな。あした謝らないと」
ひとつ大きなあくびをして、くまは、自分がもうおなかを空かしていないことに気がつきました。
いやな予感がして、口もとを触ると、ヌメヌメとして、しかも鉄のような味がします。
くまは、おそるおそる、指を見ました。けれどもその指は、あいかわらず真っ赤でした。
「そうだ、ぼくは、もともと赤いんだ。うさぎくんは、きっと、ぼくが寝たから呆れて帰ってしまったのにちがいない」
ふと、足もとを見ると、そこでうさぎが横になっています。くまは、ほっとしてため息をつきました。
「なんだ、君も寝ていたんだね、ほら、うさぎくん、起きて」
くまがゆすると、うさぎの体は抵抗なく上向きになりました。
そしてうさぎのまっしろな体には、真っ赤なシミができていました。
よく見ると、うさぎには腰から下がありません。元気に跳ね回るあの足は、もうついておりませんでした。
くまは、うさぎを食べてしまったのです。
そのことに気がついたくまは、何日も、何日も、ずっとずっとその場を動かずに、いつまでもいつまでも泣き続けました。彼は、涙も血のように真っ赤でした。
それから、何十年、何百年がたち、その場所には、一本の立派な木が立っていました。
小鳥も、猿も、いのししも、みんなその木に集まって涼みます。
太い幹をよく見ると、そこには、あのくまとうさぎにそっくりの、優しいかおがふたつ、幸せそうに眠っておりました。