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短篇集  作者: 白百合透葉
2/5

赤いくま

むかし書いたものです。

 ある森に、一頭の変わったくまがおりました。頭からつま先まで、真っ赤なのです。

 このくまは、なにぶん、からだが赤いので、緑の森のなかではひどく目立って、ごはんを捕まえられません。

 なので赤いくまは、いつもおなかをすかせておりました。

 また、このくまは、遠目から見てもその姿がわかるので、みんなくまを恐れて、近寄るものはありませんでした。

 くま同士でさえ、奇妙な見た目をいやがって、彼をあぶれものにするのです。

 なので彼には友達がひとりもおりませんでした。

 ある日、このくまが、ひとりで寂しそうに川の水を飲んでいると、一匹の白うさぎが近づいてきました。


「やあ、君は変わっているね」


 くまはとても嬉しい気持ちがしました。誰かと話すのは、生まれて初めてのことだったのです。


「そうかなあ。生まれつき赤いんだ。返り血なんかじゃないよ、ぼくは恐ろしいくまなんかじゃないんだ」


 くまは、悲しそうでした。うさぎはそんなことには興味のないようすで、川の水をひとくち。


「へええ。かわいそうに。でも、ぼくの目も真っ赤だからなあ」


 そう言って、くまに向き直ると、むじゃきに笑うのでした。

 くまも、恥ずかしそうに笑って言いました。


「それも、そうか」


 ふたりは、この日からたいへん仲良しの友だち同士になりました。くまには、生まれてはじめての友だちでした。

 来る日も来る日も、ふたりは出会いの小川に集まって、小石を蹴ったり、草花できれいなかんむりをつくったりして、たわいのない遊びをしていました。

 またある日のこと、くまの空腹は、そろそろ限界でした。生まれてこのかた、ずっとずっと、水と草だけで過ごしてきたのです。しかしくまは、肉食どうぶつでした。


「やあ、元気がないね。今日はね、君のために取っておきの遊びを考えてきたよ」


 うさぎが楽しそうな笑顔でやってきました。くまは、今にも倒れそうな顔をしてへんじをします。


「嬉しいな、どんな遊び?」


「うん、それはね、狩りごっこっていうんだ。ぼくが獲物の役をやるから、君がぼくを追っかけて捕まえるのさ。どう?」


「わかった、やろう」


「それじゃ、ほら、つかまえてごらん。やあい、やあい」


 うさぎは、身軽に跳ねながら、くまの周りを走っています。くまは、おなかがへって、前後不覚でした。なかなかうさぎが捕まえられません。


「なあんだ、君、のろまだなあ。大きいから仕様がないか」


 呆れた様子でぽりぽりと頭をかきます。


「それじゃ、ほら、止まってるから捕まえてごらんよ。おいで」


 うさぎは仰向けに寝そべって、だらりと体の力を抜きました。くまは、じっとうさぎを見ています。


「ほら、ほら、早く」


 うさぎの無邪気な笑顔。

 くまの口もとに、なにかが光りました。


「うさぎくん、ねえ、君はぼくの一番の友だちだよ」


「当たり前だよ、ずっと友だちさ」


「うん、ありがとう、ずっと友だちだよ」


 それから、一時間、二時間、三時間……くまはしばらく眠っておりましたが、ふと、小川のせせらぎで目を覚ましました。あたりを見回しても、うさぎはおりません。


「ん……寝ちゃった。うさぎくん、帰っちゃったかな。あした謝らないと」


 ひとつ大きなあくびをして、くまは、自分がもうおなかを空かしていないことに気がつきました。

 いやな予感がして、口もとを触ると、ヌメヌメとして、しかも鉄のような味がします。

 くまは、おそるおそる、指を見ました。けれどもその指は、あいかわらず真っ赤でした。


「そうだ、ぼくは、もともと赤いんだ。うさぎくんは、きっと、ぼくが寝たから呆れて帰ってしまったのにちがいない」


 ふと、足もとを見ると、そこでうさぎが横になっています。くまは、ほっとしてため息をつきました。


「なんだ、君も寝ていたんだね、ほら、うさぎくん、起きて」


 くまがゆすると、うさぎの体は抵抗なく上向きになりました。

 そしてうさぎのまっしろな体には、真っ赤なシミができていました。

 よく見ると、うさぎには腰から下がありません。元気に跳ね回るあの足は、もうついておりませんでした。

 くまは、うさぎを食べてしまったのです。

 そのことに気がついたくまは、何日も、何日も、ずっとずっとその場を動かずに、いつまでもいつまでも泣き続けました。彼は、涙も血のように真っ赤でした。


 それから、何十年、何百年がたち、その場所には、一本の立派な木が立っていました。

 小鳥も、猿も、いのししも、みんなその木に集まって涼みます。

 太い幹をよく見ると、そこには、あのくまとうさぎにそっくりの、優しいかおがふたつ、幸せそうに眠っておりました。

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