一途
私では、やはり、いけないのでしょうか。
私は、誰よりも、あなたを分かっているつもりでいます。あなたは、そんな私のことを、愚かな女だと一笑なさるかもしれませんけれども、それでも、本当のところ、あなたは、ほかの女よりは、私にいくらか胸の内を明してくれているのでしょう?
こんな、私でも、いいえ、私だからこそわかるのです。こんなだめな私だから、あなたのことが、よくわかるのです。
失礼ながら、あなたは本当にだめなひとです。学はないし道徳心も欠けていて運動もてんでダメで、お金も、ええ、そうね、あなたにはお金がないのです。無学、背徳、鈍重、みんな建前です。あなたには、お金がありません。貧乏でいらっしゃるのです。
清貧でしょうか。いいえ、単にあなたは生きることが下手くそで、火の車なのです。少しばかりお金が入っても、すぐに使ってしまうのでしょう。あなたはとても可哀想な人だと私は常々思っております。
そんな工合なので、ほかの女の人は、みんなあなたのところへは行きたがらない。さぞかし恋愛的に孤独の日々をうずくまって生き抜いてきたと存じます。違いますかしら。いいえ、当たっているはずです。
私は、卑しい女です。イヤな子なんです。だから、私は、自分のだめなところと、人のだめなところ、見事にぴったり重ね合わせて、それでもって、わかってしまうのです。
あなたは、本当に、もう、なんと申し上げたらよいのか、私はいっそ泣きたい気持ちです。あなたへの、同情、と言ったらいいのかしら、ああ、この、胸を締めつけられるような、ああ、私、なんと形容したらいいのか。いっそ、このか細いからだを両断されたく思って、いつも身悶えいたします。
ところで私は、イヤな子、と先ほど自身のことを卑屈にご紹介しましたけれども、やはり、良いところもあります。
まずもって、いくらか美人、ということになるようです。
これは、でも、外向きですから、あなたはあまり興味を起こさないものと思います。もっと私の自覚に依存する長所を、きっと、面白がってくださるのでしょう。
それならば、恐れず申し上げます。私、あなたに、いくらでも尽くすことができるのです。私は、私は死ぬるほどあなたをお慕いしております。
いくらでも尽くすことができる? ええ、違いますね、これまでも尽くして参りました、憚りながら、私がいなければ、あなたはだめだったのです、これからも、そうです、いつまでもあなたひとり、成長するはずございません、私が、てんてこ舞いの働き以てして、支えてあげなければ、そうして差し上げないとあなたは人間として生きてゆかれるはずもないのです、私がそばにいなければ。そういうふうに、決まっております。
私は、……ああ、わかってください、私も苦しいのです、あなたのために、なんでも、すり減らしてきました、私の全部、差し上げるつもりで、あなたのための生活、して参りました。あなたは、ご自身の生活をさえできないから、私があなたのぶんを。恨み言では、ございませんわよ。ただ、あなたは、ばかです。私はそろそろ私のためのことをしなければならぬと存じます。頑張りすぎたわ。
……ところで私たちの未来を昨晩寝ないで考えてみました。私、幸福でした。お伝えさせてください。
あのね、まず、おうちですけれど、これは千葉の館山というところに構えるのが、一番素敵な暮らしになると思います。海は、好き? ああ、こんな質問いやだわ。私のことは、好きなのかしら。そう尋ねると、好きだとお答えになるのでしょう。つねってやりたい。館山はね、海が綺麗で、街並みも南国かどこかみたいで、落ち着きますのよ。少し、磯臭いかもしれないわね、こらえましょう。あなたが、おいやでしたら、私また考えます。何度も申し上げた通り、あなたは私が頑張っていなければ、ご自身ではどうしようもないのだから。私が、ずっとそばにいてあげますからね。
自分の不足から、さまざま、これからの人生を憂うことがあるかと存じますが、あなたはそんな心配は、しなくてよいのです。私が、全部、おやりします。日常すべて、奉仕いたしますから、お金も、どうにかして稼いできますから、あなたはただ、おうちでのんびり、私の帰りを、ああ、恐れ多いけれど、私だけの帰りを、どうか、待っていてください。帰ってからも、私、どんなにでも尽くしますから。私なんか、いくらでも使ってくれていいのですから、ね。悪い話では、ないと思います。男の人としての甲斐性なんて、誰も、あなたに期待しておりません。女を、私以外知る必要、ありません。遊ぶのが粋だなんて、私はそもそも、思いませんけれども、男のひとは斯く問題では、たちまち頭が悪くなるのがお定まりのようですから、とにかく、あなたは、そんなつまらない男には、なってはいけません。あなたは、私だけの帰りを、待っていてください。それが真に粋な男です。女が言うのだから、間違いありません。
それから、これは、欲深い女と思われそうで、いえ、本当に、その通りなのですけれど、……ごはんを食べるときは、お箸も何もかも全部私の手で、あなたのそのお可哀想な唇に運ぶ方式では、だめでしょうか。あなたは、本当に、指先ひとつ動かさなくたって、それで生活できるように、私、奉仕したいの。ああ、でも、私も、私もあなたの手で食べたい。人並みの幸せを願ってしまうの。
ねえ、ごめんなさい。私我慢できないの、私はあなたを、お慕いして、ああ、だめ、そんなよそよそしい言葉、私は嫌だわ、私はあなたを愛しているの、あなたのことを、あなたのだめなところを、誰よりも分かっているのは絶対に私なの、あなたがまったくもってだめで、あなたといても何にも利得なんかないことを、わかってあなたを愛しているの、ほかの女とは、違います、みんな、あなたをすぐに、きっとすぐに見限ります、必ずそうします、ほかのひとは、そうするのです、私だけがどんなにでもあなたを見放さずに一生お世話を焼いて愛し続けるわ、あなたの怠け癖がいっそうひどくなったって絶対に私だけはあなたを捨てたりしないの、どうしてわかってくれないのかしら、いいえ、きっと、分かっていてわざと意地悪くしてらっしゃるのね、あなたは、ひどい人よ、ひどいお方です、悪人です。ねえ、私、なんでもあげるわ。なんでもよ。あなたのしてほしいことも、全部やります。私、見返りなんか、いいの。ただ私といてさえくれれば、それで、目移りさえしないのなら、ああ、いっそあなたを家に閉じ込めて、椅子か布団にでも縛りつけておきたい、私の好きなようにしたい、私だけのあなたになってほしいの。あなたは私がいないとだめなのだから、そうなるのが本当です。私でなければ、到底支えて行かれないのです。私がいないと、どだい、生きていけやしないじゃないの!
……いまの私のような様を、どうやら世間では、半狂乱と呼ぶようです。
私は、けれども、正当の主張をしております。気ちがいとは、きっと、潔癖のことなのです。
正しいことを、正しいと言って、あまりこだわるから、へんだと思われるのだわ。そうと、わかりきっています。
私は、あなただけのために、身を粉にして、一生、などと宣伝しても、結局、お分かりにならないのでしょう、今までも散々尽くしてきたのに、まるでそれを、私ひとりの満足のようにあなたは捉えているのです、きっと、それに違いありません。あなたこそ、私を使って、今までたくさんのいい思いをしてきたはずなのに。私のおかげで、幸せな時間、確かにあったはずでございます。いくらでも、私なんかは、使わせてまいりました。
あなたは毎回、私のことを、可哀想と言いたげの目で見ながら抱いていましたね。私、気づいていたのよ。ばかね。あれは、どんなおつもりで、あの顔していたのかしら。私の方であなたが可哀想だから、いくらでも、いくらでも抱かれていたのです。あなたの腕の中で、涙を流して、翌朝、努めて快活に笑いながら帰ったこと、もうとても数えられません。あなたは毎回、同情に満ちた目で、私のことを好きとおっしゃいます。嫌な人ね。
私、本当にあなたをどこかへ閉じ込めておきたい。あなたのことが、好き。心から、好き。仕方がないでしょう? 好きなのだから。愛しています。……私、いいことを思いつきました。
ねえ、今夜、泊まりたいわ。いつもとは違うの。いつもとは、違うけれど。大丈夫よ。あなたは責任なんか持たなくたって、私がこれからもずっとずっとお世話するわ、何も変わらない、いままでと同じよ。ずっと、変わらないの。