退屈な一日
決闘から一日経った今日、俺は自室でくつろいでいた。一時的とはいえ、グレント兄さんが大人しくなると思うと、肩の荷が降りたと感じる。俺のリラックスタイムに水を差すように部屋の扉を叩く音が響いた。ユリウスが用件を聞きに行った。
「どうやら、国王からのお呼びとのことです」
戻ってきたユリウスから伝えられた内容に嫌な気しかしなかった。
国王。つまり、俺の父親からの呼び出しだ。何についてなのかは考えなくても分かる。昨日の決闘のことについてしかない。何せ、あの時、訓練所には俺たち以外に、監視役と思われる人物がいたからだ。下手に手出しが出来なかったから、気付いていないフリをしていたが、結局こうなってしまうのか。
断ることなど出来ないため、渋々国王のいる場所まで向かった。
「よく来たな、我が息子よ。さっそくだが、何故呼ばれたのか分かるか?」
「い、いえ。身に覚えがありません」
「では、聞こう。昨日、グレントの従者とお主の従者で決闘を行ったな?」
「ご、ご存知だったのですか」
「我が気付かぬとでも思ったか」
「そ、そんなことは···しかし、仕方がなかったのです。グレント兄さんに決闘を申し込まれて、断ることが出来なかったのです」
自分でも思うくらいの三文芝居だ。笑いを堪える方に、必死になってしまう。しかし、この程度の三文芝居でも、この男を騙すのには充分なレベルだ。事実、俺の言葉に微塵の疑いも持っていない。
この国王は、自分に絶対の自身を持っている。だからこそ、自分が臣下や家族から嘘をつかれるという思考回路は存在しない。七年も見ていれば、容易に分かることだ。
「そうか。たしかに、我の方にもグレントの方が好戦的だったという情報が入っている。それに、決闘と言っても従者同士なら、特に困ることはないから構わん」
結局、数分もせずに話は終わった。本音としては、こんなことで呼ばないでほしいと思っている。しかし、そんな思いを表情には一切出すことをしない。
俺は静かに部屋を出た。
扉の前では、ユリウスが待機していた。
「早かったですね。王様からの用は何だったんですか?」
「別に大したことじゃないさ」
俺は自室へと戻った。
自室に戻ると、ベッドの上に寝転がった。俺は王族として生まれて七年が経過して気付いたことがある。王族は思っていたより退屈ということだ。もちろん、王族は五歳から専属の教師がついて勉強をしなければならない。だが、今さら俺が子どもが学ぶことをしても時間の無駄でしかない。だから、適当に理由をつけて専属の教師を外したのを覚えている。
それに、この王城にある本は、三年の間に読みつくしてしまった。
側にいるユリウスはというと・・・
「クッキーをください」
これが、最近のユリウスから聞く言葉だ。何でも、俺が初めて会った時に与えたクッキーを食べて以来、ハマり続けているらしい。この男はクッキーがあれば十分だと言う。元々の環境のせいなのか、ユリウスには退屈なんて概念はないようだ。
あまりの退屈さに我慢できなくなった俺は、外に出て街中へと下りた。王宮内にいるよりは、幾分かはマシだ。
俺は馴染みのある店に入った。
「おお、これはアレン王子、どうされましたか?」
「久しぶりだな、グリッド。せっかく街に下りてきたから、剣のメンテナンスを頼もうかと思ってな」
俺が訪れたこの店は、国内屈指の鍛冶士が集まる店だ。二年前に初めて訪れて以来、剣のことは全てグリッドに任せている。ユリウスに渡した剣も、グリッドが製作したものだ。
自分の剣を渡して、店を出た。この店で留まってするようなことは特になかったからだ。
街の人たちと関りながら、街中を歩き進めていく。
一通り見て回ると、裏路地へと入っていった。裏路地には奴隷を売る店や、怪しい商品を売る店など、表では営業しづらい店が並んでいる。他にも、裏路地にいる者達は荒くれ者が多い。それでも、俺の身なりを見て貴族だと理解しているからなのか襲ってくることはない。
「アレン様、何故こんな場所に?」
「いや、ちょっとな・・・」
ユリウスからの問いに、思わず言葉を詰まらせてしまった。今ここで話すべきか迷っていると、前方から少女が走り近づいて来ていた。その少女の後ろからは、剣を所持した男二人組が追いかけてきていた。
少女は俺に救けを求めてきた。初めて会った時のユリウスのように、みすぼらしい恰好をしている。
俺が少女を見捨てることは簡単だ。しかし、俺はその選択をしない。
「誰だか知らねぇが、そこを退かねぇとガキでも殺すぞ」
「アレン様、コイツ等はどうしますか?」
「そうだな、王族に対する不敬罪ってことで、死刑にしよう」
俺の一言だけ聞くと、ユリウスは直ぐに行動に移した。二人いた敵を、数秒の間に倒してみせた。着実に、俺の右腕として成長をしているようだ。
敵の死体の処分はユリウスに任せるとしよう。俺が気にするべきは、逃げてきた少女をどうするかだ。
「お、お願いします。助けてください」
俺がどうするか考えるよりも早く、少女の言葉が耳に届いた。
彼女の言葉に否定の返事をしなかった。
再び俺は、みすぼらしい恰好をした子供を王宮に連れていくことになった。