十分
何とか間に合ったと言うべきだろうか。
右翼の部隊を片付けた俺たちは、敵陣へ向かおうとした。だが、敵陣には僅かな兵しか見られなかった。それを見た俺の部隊の者たちは察したのだ。全兵を、攻めるのに向かわせたのだと。
前進していた俺たちの部隊は、進む方向を変えた。向かった先は、第三王子のギール兄さんが受け持つことになった中央の部隊だ。
案の定、敵兵の大半が中央の部隊に集結していた。
「ギール兄さん、立てますか?」
「俺のことはいい、他の奴等は・・・・」
そう言うが、素人目で見ても重症なのは間違いない。普通の兵士ならば、倒れて起き上がれなくても不思議に思わない程だ。
俺が手を指し伸ばしても、手を借りようとはしない。意地があるのだろう。何とか自分で立ち上がってみせた。
そんな意地を見せてくれたギール兄さんに、俺は残酷なことを告げなければならない。嫌ではあるが、すぐに気付くため、俺が今のうちに伝えておく方が良いと判断した。
「ギール兄さん、落ち着いて聞いてください。ギール兄さんが率いていたギール兄さんの騎士団ですが、残念ながら全滅しました」
「は?何を言ってるんだよ・・・・」
俺の話したことを、一度聞いただけでは理解が出来ていないようだった。いや、正確に言うならば、情報量の多さと衝撃で理解が追い付いていないのだ。
しかし、今の俺たちに、悠長なことを言っている暇などない。ギール兄さんには悪いが、無理にでも理解してもらうしかなかった。その為に、周りの光景を見せた。
「これは・・・・」
「俺が率いていてた部隊が、何とか応戦してくれています。ギール兄さん、見て分かると思うが、ギール兄さんの騎士団は壊滅したんだよ」
俺が指し示した先には、戦う兵士の他に、騎士たちの死体が転がっていた。
こうすれば否が応でも、現状を理解するしかない筈だ。そうなれば、ギール兄さんは冷静さを取り戻して、自分がやるべきことを全うしてくれるに違いない。
「な、なんだ、何だよこれ。お、俺のせいじゃないぞ」
はぁ~、本当にいい加減にしてほしいものだ。少し前の、俺が抱いていた期待感をアッサリと裏切ってくれやがった。
普段のギール兄さんの様子ならば、簡単に立ち直る筈なのだが、今はその様子が一切ない。
もしかしたら、単なる俺の課題評価だったのかもしれない。あるいは、戦場にトラウマでもあるのか。
などと考えるのは、この場を乗り切ってからだ。
「アレン様、報告ですが、思いのほか彼等が善戦しているおかげで、敵兵の数は減ってきています」
「アイツ等って、そんなに優秀だったか?」
ユリウスからの報告に、少しだけだが驚いた。
俺の記憶では、アイツ等には敵兵と同等の実力しか持ち合わせていない筈だ。だからこそ、足止めにしか期待していなかった。そんな奴らが、この数的不利な状況で善戦するとは思わなかった。
「さっきの戦いで自信がついたんじゃない?戦なんて、実力よりも感情論みたいなところもあるし・・・」
フレンの言葉には、俺も納得だ。
ただ、あの程度の戦いで簡単に士気が上がるとは想定していなかった。
ここで俺たちの部隊が善戦することは、今後の展開を決めるうえで、大きく重要となってくる。とは言え、追い上げすぎるあまり、敵兵を数多く減らされてしまえば、俺が困ってしまう。
そんな俺の願いが行き届いたのか、嬉しい言葉が耳に入る。
「これより我が軍は撤退する。総員、撤退せよ!」
敵国の旗を掲げた男の言葉を聞いた敵兵は、一斉に撤退の動きへと変えた。
この状況で、敵兵を追う者はいない。だが、俺の隣に正常な判断が出来ていない男がいる。
「ど、どうして追わないんだ」
誰のせいで、敵兵を追えないのかをギール兄さんは理解していないようだ。そうでないと、この状況で何度も敵兵を追えとは言えない。
あまりにも五月蠅かったので気絶させた。重傷者に対する扱いではないが、今のギール兄さんには、これくらいのことの方が良い薬となるだろう。
「我が軍も、撤退しましょう」
その一言だけを兵士たちに伝えると、黙って指示に従った。
前線はしていたが、彼らはギール兄さんとは違って、好戦的ではない。だからこそ、撤退の命令にも素直に従ってくれる。
俺を先頭にして、生き残った兵士たちが歩みを進めた。
まだ戦が終わったわけではない。それに、良い結果と言えるものでもない。しかし、兵士たちからは達成感を感じた様子が雰囲気だけで伝わってきた。
今は、それだけで十分なのかもしれない。




