大丈夫
第六王子のアレン率いる部隊が、敵部隊を殲滅する数十分前のこと。
真っ先に部隊を動かしたのは、第三王子ギールだ。率いるのは、自身の騎士団。ギールは、戦いに何よりも自信を抱いているからこそ、迷わずに正面を突き進むことを選択した。
ギールという男は、絶対に油断はしない。誰よりも、負けることに対して嫌悪感を抱いているからだ。
「相手に策を練らせる時間を与えるな。速攻で畳み掛けるぞ!」
ギールには、苦い記憶がある。忘れようとしても、忘れられない記憶が。
戦の場に来ることで、より鮮明な記憶となる。苦い経験をしたのが、今と同じで、戦の場だからだ。
彼は幼くして戦の場に立った経験がある。幼くはあったが、その実力は確かなものだった。それ故に、慢心の気持ちが抱いてしまう。
結果を言うと、ギールは率いていた部隊が半壊となり、自身も相応の怪我を負った。その時に、見下していた兵士に助けられたことは、今でも屈辱として刻みこまれている。
「大丈夫ですか?」
それは、兵士に助けられた時にかけられた言葉だ。助けられた兵士の言葉が、今になっても思い出す時が何度もある。
忘れたいくらい嫌な記憶ではあるが、兵士の言葉が油断をしない為の抑止力になっていた。
「ギール王子、敵も正面から向かって来ていますが、どうされますか?」
当然、敵も進軍を開始している。その様子を見た騎士が慌てて、隊の指揮官であるギールに指示を仰いだ。
「数人の騎士は、俺の周りに残って、他の奴等は二つの部隊に分かれろ。正面から向かって来る敵部隊を、左右から攻めていけ!」
一般の兵士よりも、洗練されている騎士団員たちは、行動の一つ一つに無駄がない。
ギールも、数人の騎士を連れて、正面から向かって行く。
パッと見るだけでハッキリと分かるくらい、人数に差がある。敵兵が、中央の部隊の兵を増やしていることなどギールは分かり切っている。それは騎士たちも同じことだ。
「絶対に通すんじゃねぇぞ」
ギールの言葉に力が籠る。
その言葉が、戦いの合図となり、両軍の交戦が始まった。ギールの率いる部隊の方が、僅かに早く、攻撃の先手をとった。
三方向からの攻めに、進軍している敵は歩みを止めた。数に差はあるが、質の差が、それを帳消しにしている。
ギールは周りの様子を見ながら、自身も最前線での戦いに参加する。
指揮官が最前線で戦っているとなれば、敵兵も狙わないわけがない。
「この男が指揮官だ。コイツの首を狙え!」
声を上げたのは、敵の指揮官ではなく、ただの兵士だ。
「この程度で、俺の相手になるかよっ!」
多数の敵兵が、ギールの首を斬ろうと剣を振るう。
しかし、そんな攻撃をギールはものともしない。ギールの魔力を纏わせた剣の攻撃によって、まとまった敵が一掃されていく。
ギールの魔力を纏った攻撃を、普通の兵士が魔力も纏わずに受け止めるなど不可能に近いことだ。それでも、敵兵が魔力を纏わないのは、持続時間が一分にも満たないからだ。
魔力切れを起こせば、急激に体へ負担が圧し掛かる。そんなことが、戦場で起こってしまえば、迷惑でしかない。だからこそ、普通の兵士は魔力を纏わずに戦うものだ。
戦場で魔力を纏って戦うものは、少ないのが普通とされている。
「行け、お前たち、攻め続けろ」
「懲りない奴らだな」
ギールの攻撃によって、兵士の数を減らされているが、敵兵は攻撃を止めることはない。
繰り返すようにギールが剣に魔力を纏って攻撃をしていく。敵兵は犠牲を厭わずに攻め続けた。
同じことを数回繰り返していると、ことが動き出す。ギールは同じように、魔力を纏った攻撃を放とうとした。
しかし、
「なっ・・・・・!」
剣に魔力を纏わせようとしたが、それが出来なかった。突然の出来事に、ギールの動揺がハッキリと敵兵に伝わってしまう。
それを見て、好機と思わない兵など戦場にはいない。
「その首もらったぞ!」
敵兵は剣を振るうだけで首を斬れる位置にまで居る。だからこそ、間髪入れずに剣を振った。
「ギール王子!」
今のギールの姿勢では、剣を受け止めること不可能だ。避けようとしても、タイミングを考えれば誰が見ても難しい距離感となっている。
その様子を見ていた周りの騎士たちが動いた。
四方八方からの剣による攻撃を、捨て身の覚悟で受け止めに割って入った。
「お前ら・・・」
騎士たちは相応の傷を受けた。だが、その結果として、ギールはかすり傷一つ負っていない。
ギールは、自身の命を共に、僅かな時間を手に入れた。その僅かな時間を攻撃の時間へと繋げた。
魔力は使わず、剣の力だけで、多数の兵を相手にしていく。
「はぁはぁ、流石にムリか・・・」
魔力が使えない今、ギールは圧倒的に不利な立場となっている。数分戦っただけでも、複数の傷を負った。
どれだけ剣の腕が素晴らしくても、魔力なしで数千を相手にするのは無理がある。他の騎士たちに助けを求めようにも、周りが敵兵で埋め尽くされて、他の様子を知ることが出来ない。
絶望的な状況に、ギールは諦めかける。
そんな時、
「大丈夫ですか」
ギールの耳に、過去の嫌な記憶と同じ言葉が入ってきた。
死ぬ間際の幻聴と思ったのか、耳に入ってきた言葉に全く反応を示さない。しかし、何度も同じ言葉がギールの耳に伝わる。
ギールは、何度も聞こえてきた言葉によってハッとした。
気が付くと、ギールの目の前には、馬上から見下ろす弟であるアレンの姿があった。
「大丈夫ですか、兄上」
ギールはハッキリと理解した。
自分は弟に助けられたのだと。数分前の、幻聴と思われた声は、弟の声であったことを。
その情報の全てが、ギールの脳内に詰め込まれて、これからも何度も思い出していくことになるのだろう。




