ユリウス
死んだ者ような目をする少年なんて、前世では、まともなことがない限り見ることはなかった。だが、この世界では違うということが目の前の光景で、証明されている。
俺は少年に、語りかける。
「死にたいと思っているか?」
少年は言葉で返すことはなく、ただ頷いた。輝きのない黒い瞳には、何も映っていないのだろうか。自分はこれ以上恐怖を感じることはないと言わんばかりの表情をしている。
だからこそ、この少年に興味を持ったのだ。
俺は近くにいる奴隷商に、少し部屋を退出してくれないかと頼んだ。乱暴なことはしないでくれとだけ言い残して、すんなりと部屋を出てくれた。
「なぁ、どうせ死ぬなら、俺のために死なないか」
「なんで、あなたの為なんかに···」
ようやく、少年が口を開いた。しかし、俺と目を合わせることはなく俯いている。
初めて会った者に、自分の為に死んでくれと言われて容認する者などいないだろう。それは、この少年も例外ではない。いくら死を望んでいるとはいえ、人が簡単に本気で誰かの為に命を捧げようとはする筈がない。
ならば、俺が取るべき行動は一つだ。
俺は魔力に殺気を込めて垂れ流した。俺の殺気が込められた魔力を少年は感じ取った。感じ取った瞬間に、頭を上げるという分かりやすい反応を見せた。
少年は今、恐怖を感じている。俺は垂れ流していた魔力を止めた。
「どうだ?目の前で死を感じた感想は」
「何者だよ・・・」
「俺はこの国の第六王子だ」
俺が王子だと名乗っても態度を変えることはなかった。その様子を見て、俄然、俺の右腕としてほしいと思った。
少年のことについて聞きたいと言ったら、アッサリと身の上話をしてくれた。
貧しい家庭で生まれた少年は、記憶がある頃には身近に暴力があったという。そんな生活を何も文句を言わず送っていたら、自然と生きる気力を失くしたそうだ。気味が悪いと感じた少年の母親が、少しでも生活の足しにしようと奴隷に売った。そこまでが大雑把な内容だった。
悲劇と言っても良い内容だが、話をする少年のテンションは落ち着いたものだ。
「たしかに、あなたの下に就けば、これ以上ない名誉だろう。しかし、俺なんかが王子さまの役に立てるとは思えない。それに、今さら生きる目標や意味なんか見つかるわけがない」
話に流れが生まれたおかげで、聞いていないことまで話してくれた。話してくれたとこは本音の言葉なのは聞くまでもなく分かる。
俺は、どうやったら少年が俺の下に就こうとするのか考える。正直、少年は奴隷だから、俺が買ってしまえば従わせることは出来る。しかし、それでは俺が納得しない。何より、満足のいく結果が得られないだろう。とは言え、何かいい考えが思いつくわけでもなかった。
思い切って、俺は自分の野望について語った。
「本当に子どもなのか?」
それが、俺の野望を聞いた少年の第一声だった。少年の雰囲気が少しだけだが、穏やかなものになった。俺が話したことに驚いているようだったが、疑ったり不快に思ったりはしなかった。むしろ、実現できるのなら見てみたいとまで言ってきた。俺も本音を話したおかげで、多少の信頼を得ることが出来た。
そういえば、俺はこの少年の名を聞いていなかった。
「お前の名を教えてくれないか?」
「僕の名?そんなの呼ばれたことがないから、分からないよ」
「そうか。それなら、俺がユリウスの名を与えてやる。どうだ?」
「名前がないと不便だから、ありがたく頂戴するよ」
会話を重ねることで、少しずつだが雰囲気が明るくなった。
俺はユリウスについていた枷を、魔力で外した。枷を外されたことにユリウスは驚いていた。買う前に、勝手に枷を外したら怒られるかもしれない。だが、今の俺が気にするのは、そんな事ではない。ユリウスに従ってもらうためには、ユリウスが考える懸念を取り払う必要がある。
「さっき、生きる目標や意味が見つからないと言ったな?目標がないのなら、今ここで作れ。それと、生きる意味は生きながら考え続けろ」
「何だよそれ、滅茶苦茶じゃないか」
俺も自分が無茶なことを言っているのは自覚している。それが原因で、ユリウスが怒るかもしれないと思ってもいる。
ただ、ユリウスは少しだが微笑んだ。会って初めて、口角の上がったユリウスを見ることができた。
俺の言葉から数秒しか経っていない時に、ユリウスが立ち上がって真っ直ぐ俺の方を見た。一度しっかりと目を合わせると、その場に跪いた。
「僕の生きる目標は、あなたが野望を実現するのを側で見ることにした。その為に、あなたに忠誠を捧げる。僕にできることなら、何でもするつもりだ」
何がどうなって、こうなったかは分からないが、結果が良いから良しとしよう。
俺は直ぐに奴隷商を呼び戻した。購入すると伝えると、奴隷の契約を行ってくれた。奴隷の契約とは、奴隷が主人に反抗した時に作動する防犯システムのようなものだ。
満足のいく結果に、俺は奴隷商に提示されていた金額の十倍の金を支払った。それで機嫌を良くした奴隷商は、勝手に枷を外したことは水に流してくれた。
「ほれ、これやるよ」
「これは?」
「クッキーという菓子だ。美味いから食ってみろ」
ポケットに入っていた俺が作ったクッキーを分け与えた。
ユリウスの奴隷の恰好は良くない意味で目立つが、俺は気にせず王宮まで連れて帰った。
ようやく、俺も本格的に行動が出来そうだ。
まずは、ユリウスを鍛えるところから始めるとしよう。