それぞれの考え
数日が経過した頃に、『影』の者たちが報告に現れた。『影』たちには二つの命令を与えたが、その二つを全うしたようだ。
報告をするのは、常にリーダーのルカだ。
「報告です。命令通り、第二王女と第五王子の監視の務めを果たしてきました」
「それで、どうだった?」
「第二王女は、既に推薦者が決まり、余裕な様子でした。第五王子はというと、未だ推薦者が決まっておらず、焦っていました。もしかすると、強硬手段として暗殺者を送り込んでくるかもしれません」
「そうか、もう一つの命令の方も問題なさそうか?」
「ハイ、そちらも問題なく準備できそうです」
必要な報告だけ済ませると、『影』たちは姿を消した。
俺はユリウスたちを引き連れて部屋を出た。向かったのは、俺の部屋から離れた場所にある一室だ。普段は用が無い限り、立ち寄ることなどない場所だ。
部屋の前に立つと、扉を叩いた。
「兄上、少し話をしませんか?」
部屋の中の人物に話し合いを提案した。俺の声だと理解したからなのか部屋に入るのを許可してくれた。
返事が聞こえてから、目の前の扉を開ける。
部屋の中では、男がソファーに座って待ち構えていた。男は、俺の兄であり第三王子のギールだ。
彼の目の前に置かれたソファーに腰掛けた。
「よぉ、久しぶりじゃねか。わざわざ俺の部屋に何をしに来た」
「少し兄上とお話がしたかっただけですよ」
「その猫被ったような喋り方はやめろ。気持ちが悪い。他の奴等の前では、その様子なのかもしれないが、俺の前では素で喋れ」
「はぁ~、分かった。勘付かれている相手に、無駄な演技をするほど俺は馬鹿じゃないしな」
第三王子のギール兄さんとは、何度か言葉を交わしたことがある。彼の周囲にいる人や、兄姉たちは第三王子のことを戦闘狂と呼ぶ者が多数だ。それでも、冷静な判断力と、たしかな知性を持ち合わせた男なのは間違いない。
兄さんの言う通り、何の用もなしに来たわけではない。このタイミングで訪れたのならば、話さなくても察してはいるだろう。
「どうせ、王位戦のことだろ?俺は既に、推薦してくれる奴は決まってるぞ」
「それくらい聞かなくても分かるよ」
「じゃあ何なんだよ。俺に、お前を推薦してくれそうな人を探してくれってか」
「いや、それも違う。それは、俺も決まっている」
俺の返答を聞いて、ギール兄さんは笑みを浮かべた。
俺が話そうとしていることを察したに違いない。
「お前は、誰かを蹴落とす為に俺と協力しないかと持ちかけに来たんだろ?」
「流石はギール兄さんだ。その通りだよ」
「蹴落とすのは良いとして、誰を蹴落とすんだ?」
「それは、既に決まっている。蹴落とすのは、第二王子のサイス兄さんだ」
挙げられた名前に、納得の表情を見せた。
ギール兄さんは迷うことなく俺からの提案を受け入れた。
お互いに自身の考えを全て話しきっているわけではない。それでも、今は一つの共通の目的ができるだけで充分だ。
意見を出し合いながら話し合いが進んでいく。
証拠を残さないために、口頭だけで策を決めていった。
「よし、その策で決定だ」
ニ十分も経たないうちに策は決まった。
これ以上の会話は不要だと判断した俺は、部屋を出ようとした。だが、一つ気掛かりなことがあり、部屋を出ようとする足を止めた。
ギール兄さんに問いかける。
「そういえば、ギール兄さんは何で王位戦に参加したんだよ?噂では、ギール兄さんは王族の中で一番と言っていいくらい王位に興味がないと聞いたが・・・」
「何だその噂は。たしかに俺は、力を求めることにしか興味がないが、なにも武力だけじゃないぞ。権力だって同じ力だからな。欲しないわけがないだろ」
「それもそうか。それじゃあ兄上、しっかりやってくれよ」
どうやら、ギール兄さんにも王位に就きたい気持ちはあるようだ。
俺はギール兄さんの部屋を出た。
部屋から少し離れると、側にいるフレンが口を開いた。
「あの人、信用できるの?」
「信用はしていないが、自分に利があることを見逃す馬鹿じゃないとは思っている」
「たしかに、抜け目のなさそうな人だったなぁ。話し合いの最中も、私たちに対する警戒心を緩めることはなかったし」
フレンの言葉にユリウスも納得したようだ。分かりやすく頷いて反応を示した。
ユリウスやフレンと話しながら自分の部屋へと歩いていた。そんなタイミングで、不運と言うべきなのか第四王子のローランと出くわしてしまった。
相手も、俺だと気付くと遠慮なく話しかけてきた。
「アレンじゃないか。久しぶりだな、大きくなったな」
「ローレン兄さんは、お変わりないようで良かったです」
「アレンは王位戦に参加するんだもんな。頑張れよ」
「ありがとうございます。僕はやることがあるので、失礼します」
第四王子を一言で言えば、善人だろう。裏表が無く、今回の王位戦に参加しなかった理由も兄妹たちと争うのが嫌だからだという。
善人と言われるだけあって、民衆からの人気も高い。
そんなローレン兄さんのことが、俺は好きではない。ただの善人なんて、俺が最も嫌いとする人間だ。
適当に受け答えて、その場から離れた。
戦うことから逃げた男に時間を潰すほど暇ではないのだから。