王位戦
朝を迎えた頃に、ユーリシア王国を出立した。
行きと同じ道を辿るため、目に映る景色に新鮮味は感じられない。一つやることを終えたからなのか行きよりもペースはゆっくりだ。ルカ率いる『影』の者たちには先に帰国してもらっている。一仕事を終えたとはいえ、まだ気が抜ける状況ではない。自国内での、やるべきことがあるからだ。それだと言うのに、落ち着きのない奴がいる。
「見てよ、コレ!」
「どうしたんだよ。そんなに声を出して」
揺れる馬車の中で、フレンの声が響く。一人だけ、異様にテンションが高い。原因は、彼女が手に持っている物だということは見ていて分かる。フレンが持つ物には確かな見覚えがあった。俺の記憶が正しければ、フレンが持つ物は先程出立したばかりのユーリシア王国で目にした物だ。
ユーリシア王国の物を持っていることに対しては何も思っていない。ただ、何をそんなに喜んでいるのかを見ているだけでは理解出来ないでいた。分からなければ、本人に直接聞けばいいだけのことだ。
「その物が、どうかしたのか?」
「これは、あの国で売られていた道具なんだけど、とても玩具とは思えないほど精巧に作られているんだよね。全く売れてなかったけど、私的にはあの国で一番とも言えるお宝かな」
「そんなに凄い物なのかよ」
フレンが手にしている物を見せてもらった。フレンは、金目の物には興味がなく、技術が詰め込まれた物へと興味を持つ。そんなフレンが、ここまで称賛するのだから更に興味が引き寄せられた。
片手サイズの物で、そこまで重さは感じられない。道具の効果としては、魔力を溜めておくというシンプルな物だ。だが、この魔力を溜めておく道具を作るのは簡単なことではない。俺とフレンも作ったが、相応の時間はかかった。
ただ、フレンが驚いたのはそこではないのが、道具の内部を見て理解した。俺とフレンが作った物とは違う作りとなっている。それだけで、これを作った者の技術力の高さが分かる。
「これを作った者が誰なのかは知らないのか?」
「残念なことに、製作者は不明なんだよね。お店も無人の店だったし」
思いがけない話のネタで盛り上がった。
とは言え、話すこと他にはなく、気が付いた頃には国境を越えていた。二つの領地を抜けると、フェルナ王国の王都が見えてきた。
王都内へと入ると、王宮の前で馬車が止まる。
馬車を降りた俺が最初に向かった場所は王がいる部屋だ。
「父上、ただいま帰りました」
「ああ、よく務めを果たしてくれたようだな」
当然のことだが、王への報告を行わなければならなかった。ユーリシア王国で起きた事件のことなどは話すわけがなく、特に何もないとだけ伝えた。
王である父は、俺から報告を聞くと、必要以上に追及してくることはなかった。父は、俺が隣国に行ってから常に自身の部下を使って監視をしていた。そこからの報告を受けて、俺が伝えた情報の精査をしたようだ。
父が監視をする者を送ってくることは、行く前から予想はしていた。だからこそ、早いうちに手を打つことにした。手を打ったと言っても、監視していた者を殺して『影』のメンバーの一人が成り代わるというものだ。つまり、父に報告をした者は、俺の息がかかった者。騙せるかは不安だったが、バレている様子ではなさそうだった。
「それよりも、王位戦の準備はしなくていいのか?」
「そのことならば、既に準備を整えています」
「そうか。早く王位を継いでくれる者が出てくるのを待つとしよう」
王が話すように、これからは王位戦が始まる頃だ。現在の王である父は、王位を継ぐものが現れ次第、自分自身は退くと公言している。
王位戦とは、王位継承権を持つ者が参加できる一大イベントだ。この王位戦で、新たに王が決まるということもあって、民だけでなく各国からの注目度も高い。一先ず俺は、この王位戦で勝ち抜いて、王位を継ぐ必要がある。
王から直接、王位戦の話を聞くと、より一層の緊張感が増す。何と言っても、相手にするのは兄たちだ。
部屋を出て通路を歩いていると、目の前から見知った顔の人物が近づいて来ていた。
「初めまして、ルート兄さん」
「元気そうじゃないか、アレン」
目の前に立った人物は、この国の第一王子で俺の兄の一人でもあるルート兄さんだ。見ることは何度もあったが、こうして対面するのは初だ。
王位戦に臨むにあたって、一番気を付けなければいけない男なのは間違いない。第五王子とは、比べものにならないレベルの実力者なのは間違いない。おまけに、頭も良い。
「アレンは、王位戦に出るのかい?」
「ええ、実力不足なのは理解していますが、何事も経験だと思いまして・・・」
「それじゃあ、僕と争うことになりそうだね」
兄さんの笑みには、いつも余裕がある。俺の実力がないという噂を聞いているからだろうか。それとも、単純に誰にも敗けるとは思っていないからだろうか。
以前も見た時に思ったが、この男が考えていることは予測ができない。実力も高いことは確かだが、未知数に近いと言える。
正直、俺が実力のないふりをしているのも見抜いているのではないかと思ってしまう。
俺が次に倒すべき相手の一人が、この男になるのは間違いないようだ。