王子の誕生
いつからなのかは分からない。分からないが、俺は悪役というものに憧れを抱いていた。悪役とは言ったが、盗賊や、殺人鬼と言った者たちに対しては憧れを抱くことはなかった。例を挙げるとすると、ゲームや漫画などに登場する魔王などの敵キャラだ。
だが、世の中では、悪役を好きになる憧れる者は異質と思われる風潮があった。ましてや、そうなりたいと思うことは、思うだけで世の中から排除されてしまう。善が絶対的な正義とされる世の中で、俺は悪役に憧れているのを隠しながら生きている。
「悪役には、なれないのか···」
なりたいものになれない人生など、退屈でしかない。
代わり映えのない日々を送り続けるばかりだ。
今日も、いつもと同じ時間に起きて、いつもと同じ道を歩いていた。道を渡ろうとした時、勢いよく走る車が近づいてきていた。
避けようとすれば避けられるかもしれない。しかし、俺の体は動かなかった。いや、正確に言うと、動かさなかった。良い機会だと思ったからだろうか。
当然、動かさなかった俺の体に、勢いよく走る車が衝突した。痛みを感じる暇もなく俺の意識は遠退いていった。
「お·れ··の··人生は··ここで終わりか····」
俺の人生は、あっけなく終わりを迎えた。
俺が再び目を開けると····ん?何故、死んだ筈の俺が再び目を開けることができるのか理解が追いついていない。まさか、死んでいないのかと思い手足を動かそうとしたが、思うように動かなかった。
目に見える情報を頼りにしようとするが、どれも俺の記憶にないものばかりだ。
「あー····あぅ~····」
「喋りました。元気な男の子です」
手足だけじゃなく、言葉も上手く発することが出来ない。周りを見渡すと、多数の大人が俺を囲うように立ち並んでいた。そのうちの一人の女が、俺を抱き抱えるよ持ち上げた。
落ち着いて一連のことを整理すると、何となく今の自分の現状に予想が出来た。
俺は転生したのだ。つまり、今の俺は赤子である。下手な行動をするよりは、何をしないで赤子として大人しくしている方が良いだろう。まず俺がすべきことは、情報の収集だ。
赤子と言えど、この場にいる大人たちの会話くらいは盗み聞くことは可能だ。
「陛下、とても期待の持てそうな子ですな」
「ああ、王族に相応しい凛々しい目をしている」
この国はフェルナ王国と言い、俺は王国の第六王子として産まれたらしい。まさか、自分が王族に生まれ変わるとは思わなかった。
今のところ分かるのは、陛下と呼ばれている男が俺の父で、俺を抱き抱えているのが、侍女のような人だということだ。
そして、今一番気になるのは、今世での俺の名についてだ。
「陛下、御子息の名は?」
「うむ。既に決めておる。この者には、アレンの名を与えよう」
俺の名が告げられると、周りの大人たちが感嘆の声を漏らした。
何に感嘆しているのかと思っていると、一人の男の声が聞こえてきた。その男が言うには、アレンという名は、物語に登場する英雄のようだ。だから、この名を与える時には、勇敢や慈愛の意味を込めるという。
それを聞いた瞬間、一気に自分の名前に嫌悪感を抱いた。まさか、自分の嫌いとする英雄の名を与えるとは。
周りの反応を見るに、この者たちとは気が合わなさそうだ。
「陛下、御子息はどういたしましょう?」
「そうだな、部屋で寝かしておいてやれ」
「かしこまりました」
俺は女の人に別の場所へと運ばれていった。長い廊下を歩いて、数ある部屋の中の一室の前で足を止めた。彼女は、ゆっくりと扉を開けると部屋の中へと入った。部屋に入ると、赤ちゃん用のベッドに俺を寝かせるて、部屋から退出していった。
部屋の広さは、前世の学校の教室と同じかそれ以上の広さがある。部屋の中には、たくさんの本が並べられていた。そして、俺は今この瞬間をチャンスだと思った。
「あ····あぅ~···」
動かしづらい体を懸命に動かして、何とかベッドか降りることに成功した。床に降りると、四つん這いになって本棚の前まで進んだ。流石に、この体だと一番下の段にある本しか取り出すことができなかった。俺は、取り出せる何冊かのうちの一冊を取り出した。
本の重みを感じながら、一ページずつ読み進めていった。この時に気付いたのが、俺はこの世界の言語を理解出来ているようだ。実際、さっきの大人たちの会話の内容も理解出来たのが何よりの証拠と言える。
肝心の本の内容は、衝撃的なものだった。本の内容を一言でまとめると、この世界には魔力と呼ばれるものが存在するということだ。
「あ··あぅ···あっ···あぅ~(面白そうだ)」
手にしていた本を戻して、少し離れた場所にある鏡の前まで進んでいった。
鏡の前に行くと、赤子の姿の自分が映し出された。改めて、今の俺は赤子なのだと実感する。それと、今世での自分の容姿を目にすることができた。白髪に赤い目と、前世なら周りから注目を浴びるであろう容姿だ。
俺は、ふと思った。前世でできなかったことを、今世でならば、できるのではないかと。
この瞬間、俺は人生の目標を決めた。第二の人生でこそ、前世では叶わなかった悪役になってやる。
俺の悪役王子としての人生は、ここから始まるのだ。