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思い出

作者: 廣瀬 琢

 なによりも恋しい風景が今も記憶の中に鮮明と彩りを残している。たくさんの大好きをそこへ置き去りにしているのに、もうその忘れ物を取りに行くことはできない。

 両親の突然の別れにどうしようもなく、ただ涙を流すことしかできなかった。その別れが父ともう会うことができないことを意味しているのは、幼くても理解できた。私の中の当たり前が急に奪われて、空いた場所には何も埋めることなんてできなかった。

 ただ一番の悲しみは父と会えないことではなく、もう一つの家に帰れなくなったことだった。あの家の庭は私の大好きが詰まった場所だったからだ。だからせめて記憶の中だけでも、その大好きな場所を思い続け、もう二度と置き去りにしないようにしている。だから今日もあの庭から見た景色を思い浮かべている。

 私はあの夏の緑が大好きだった。蒸し暑い中、ヒグラシのか細くてどこか儚い声が運んでくる小さな涼しさ。額から顔の輪郭を優しく撫でるように落ちる汗。近くを走る列車の音が感じさせてくれる活発さ。水分を含んだ土の柔らかくて謙虚な香り。目の前に広がる緑を、ずっと遠くで囲む山々の濃い緑。それら全てが一面にある緑をより鮮やかにしてくれていた。

 私はあの冬の白が大好きだった。乾いた空気が寒さの形を小さな針に変え、それが肌を突いてくる感覚。吐いた息が残す薄く温かな煙。近くを走る列車の情けない警笛。土の色を必死に隠そうとする雪。夏には濃い緑だった山々が黒に変わっていること。それら全てが一面にある白の邪魔をしないようにしていた。

 でも夏にあったものは冬には無くなっていて、冬にあったものは夏には無くなっていた。もし春や秋にあの場所へ行くことができたなら、両方ともあったのだろうか。それとも両方とも無かったのだろうか。分からないけど、そこだけはどうしても好きになれなかった。

 だから私は夏も冬も変わらずに姿を見せてくれる、あの空の青が一番大好きだった。


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