表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

孤高の花ゲリラ

作者: 湧水紫苑

ちょろちょろちょろ……。

私は暗闇の中しゃがみこみ、道路脇にペットボトルから水をかけていた。

この子はあと一週間くらいかな。

私はまだ芽が出る気配のない土を我が子を見るような目つきで見つめていた。

気圧の変化で天気予想が外れ、今日は少し肌寒い。

今週は本当ならもっと暖かったはずなのに、このままだともしかしたら枯れてしまうかもしれない。

そう思った私は無駄と知りながらも土に息を吹きかけた。

私は孤高の花ゲリラ。

道路の隙間などに種を植え付け、道行く人々を笑顔にする花屋さん。

そして私の使命はこの子に花を咲かせることなのだ。

だけど私は花屋さんのくせに花の育て方をよく知らない。

本当にこの時期で種まきは合っているのだろうか。

そんな疑問を抱きながらも毎日通い続けている。

私にできることといえば、こうやって水をかけることだけなのである。

もうかれこれ二週間近くになるだろうか。

雨の日も風の日も、もちろん晴れた日も私はこの場所にやってきていた。

別に特別な理由があったわけではない。

ただなんとなくここに来れば何かが変わるんじゃないかって気がしたんだ。

最初は雑草しか生えていなかったこの場所には今では様々な種類の植物が植えられている。

そのどれもが成長しているわけではなく、この子に至っては相変わらず芽を出す気配すらないのだが。

それでも私は毎日のようにこの場所に来ている。

もし誰かに話しかけられたらなんて答えようか。

そんなことを考えながら、いつも通りの作業に取り掛かることにした。

今日もまた一日が始まる。

まずはここ最近お世話になっている栄養剤をあげることにしよう。

これは文字通り植物の成長を促す薬だ。

といっても私が調合したものではない。

ホームセンターで買った市販の栄養剤、そもそもこの花に合うのかどうかも分かっていない。

だから正直効果についてはあまり期待していない。

でも無いよりはマシだろう。

そもそも雑草だって立派な植物なんだし、栄養さえ与えてあげればきっといつか芽を出してくれるはずだよね?

私は栄養剤を片手にそっと土に触れる。

そしてそのまま手の中に握り込むようにしながら、ゆっくりと地面に染み込ませていく。

するとまるでスポンジに水がしみこむかのように、地面に吸収されていった。

これがどういう原理なのかはよく分からないけれど、とにかくこれでいいらしい。

私はその光景を見て満足げにうなずき、今度はバッグから苗を取り出した。

これは栄養剤を買いに行ったときについでに買ったツルニチニチソウ。

既に花が咲いているのでそのまま植えるだけ。

手入れを間違えて枯れなければ大丈夫なはず。

私はそれを同じようにして植わえようとしたところでふと思い出した。

そういえば肥料を買ってなかったっけ。

ホームセンターで見ていたときに周りで見ていた人がよかったと言っていたのを盗み聞きして買っておいたのだ。

確かこっちに入れておいたはず……。

私は先ほどまでいた場所に戻ると、そこからビニール袋を持ち上げた。

中に入っているのは小豆ほどの大きさの肥料だ。

これも栄養剤と同じように土に混ぜればいいんだけど……。

でもそれだとあんまり意味がないんじゃ……いや、まぁとりあえずやってみるか。

私はスコップで土をすくうと手のひらに乗せ、そこに肥料を加えて揉んでみた。

見た目は馴染んでいるように見える。

それをさきほどの場所に流し込みながら苗をそっと入れ、段差がないように土を撫でてからまた水を流した。

よし、これで後は様子を見守ろう。

私は一仕事終えたような気分になり、その場に座って空を見上げる。

そこにはわずかに天の川が広がっていた。

街の灯りが邪魔なのだろう、ここからではよく見えない。

それにしてもやっぱりあの子たちはいつになったら芽を出してくれるんだろうか。

私はそんなことを考えながらぼんやりとしていた。

だがしばらく時間が経つと段々と眠気に襲われてくる。

どうやら少し疲れていたようだ。

今日は少し肌寒くなってきたし、早めに帰ろうかな。

そう思い立ち上がろうとした瞬間、私は視界の端にあるものを見つけた。

あれってまさか……! 慌てて立ち上がり、その場所へと駆け寄る。

こんなところにも生えていたのか。

それは私が待ち望んでいたものだった。

私は興奮を抑えきれず、その場で飛び跳ねたい気持ちになる。

やっとここまで来たんだね。

君たちずっと待っててくれたんだ。

私もずっと待っていたよ。

今すぐ抱きしめてあげたかったけど、残念ながらそんなことをしたら潰れてしまう。

しばらくその場にしゃがみこみ、じっとその花を眺めていた。

しかしふと思った。

私ラベンダーなんて植えたっけ。

あれあれ?

よく見たらいつも私が水やりしてる場所からは少し離れている。

やっぱりそうだ。

これは私の子じゃない。

この花は最初からここに生えていたんだ。

もしかすると誰かが植えたのかもしれない。

そう考えると胸の奥がチクリと痛んだ。

私以外にこの場所を知っている人がいるんだ。

私は今まで誰とも話したことが無かった。

だから誰も知らないと思っていた。

だけどもしかすると他にもこの場所を見つけている人がいて、そこで花を咲かせているのかもしれない。

そしてその人たちは毎日ここに来ては水をあげているのかな? そうなるともうここには来れないな。

だって他の人の育てた花を横取りするようなものだもん。

私は自分の心がどんどん沈んでいくのを感じた。

別に誰かに迷惑をかけたわけでもない。

それでもなぜかとても悲しかった。

でももしかしたら気が合うかもしれない。

私はその花の前に座り込むと、静かに語りかけた。

ねぇ、あなたは何のために咲くの? 誰かに笑顔を届けるため? それとも誰かに幸せを分け与えるため? 私はそんなことのためじゃなくていい。

ただ一つだけ言えることは、あなたに咲いて欲しいということ。

ちゃんと咲いてその存在をアピールしてほしい。

私はあなたの力になりたいの。

だからがんばってください。

私はそう言って目を閉じ、祈り続けた。

どのくらい経っただろう。

やっぱり今日は寒い、早く帰ろう。

私は立ち上がった。

今日もまた収穫はなかった。

でもきっと明日こそ何かが変わるはずだ。

だってほら、花が少し光っているように見えたから。

次の日、私は馴染のホームセンターに向かった。

他に植えられそうな花がないか確認してみる。

まだ少し早いけどデルフィニウムというのも良さそうだ。

バラのようにあまり派手じゃなくラベンダーみたいに道路に馴染む感じがいいと思った。

あとは……マリーゴールドとかどうだろう。

これなら道端に咲いているのをたまに見かけることがあるし、ちょうど良いんじゃないかと思う。

しばらく園芸コーナーで外国の珍しい植物を見て楽しんでから、家具コーナーをぶらついて家に帰った。

帰宅した私はそわそわしていた。

昨日の花はまだ枯れていないだろうか。

もし萎れていたらすぐに栄養剤をあげればいいのかな。

先週買った園芸雑誌を食い入るように見ながら、はやる気持ちを抑えてじっと夜を待つ。

そして時計の針が頂点を指した瞬間、私は家を飛び出して例の場所へと向かった。

昨日より少し早足で。

そして到着するなり辺りを見渡す。

あれ?間違った。

ここじゃないな。

私は首を傾げながらももう一度周囲をぐるりと一周してみた。

でもどこもかしこも同じ景色に見える。

一体どこに……。

その時、足元に小さな砂利が敷き詰められていることに気が付いた。

え、嘘でしょ。

急いで屈み込み、指で触れる。

間違いない。やられた。

季節外れの公共工事だ。

私は悲しみのあまりその場にへたり込んだ。

なんなんだよもう。

そんなのひどいよぉ。

確かにここは私の庭じゃないけどさぁ。

私は地面を何度も叩いた。

せっかくここまできたっていうのに。

もう少しだったのに。

そうだ、あのラベンダーはどうなったんだろう。

私は慌てて立ち上がり、周りを見渡した。

どこだっけ、たしかこっち……。

そう思い歩き始めた時、暗闇に人影があることに気付いた。

え?

誰かいる。

よく見てみると、一人の男性がしゃがみ込んでいるようだ。

もしかして私と同じ目的? 私は足を止め、しばらく様子をみることにした。

その場所も砂利が敷き詰められており、あのラベンダーは見当たらなかった。

私が固まっていると、その男性はふと立ち上がり、ちらっとこちらを見て立ち去って行った。

心なしか睨まれたような気がする。

もしかしたら私がヘマをしたと思われたのかもしれない。

まあでも仕方がない。

抜かれても泣かないのが花ゲリラの掟。

まあ抜かれたというより埋められたんだけど。

それにしても残念。

今年は無理そうだね。

また来年に期待しよう。

私は気持ちを切り替えて家路についた。

それから数日が経つも、ベランダで育てていた私の花は一向に芽を出す気配を見せなかった。

植物もお互いに会話をするっていう研究結果もあるくらいだし、あの子のことを気にしてるのかもしれないな。

もしかするとこの土地には合わないのかも。

そう思った私は最も簡単と言われるコスモスを試すことにした。

自然栽培された原種に違い丈夫な種の大袋をオークションで競り落とすことに成功した。

一週間後届けられた袋はお手製の箱で丁寧に梱包されていて栽培した人の愛がこもっているなと感じた。

これなら私のような初心者でもいけるはず。

今度こそ。

私は秋に向けてまた歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ