8話−2人②−1
《シーホーク》の確認作業が終わり、シュルツは自室へ戻る。
途中、顔を出した娯楽施設ではダニエルがレーシングゲームで連勝記録を更新していた。
毎度の事ながら賭けも行われており、かなりの盛り上がりを見せている。
金銭を掛ける事は禁止されているが、賭けの対象はそうでは無いようで、シュルツはそれを確認して通り過ぎた。
娯楽施設で足を止めることはなかったが、珍しく談話室から声が聞こえたため、覗き込む。
そこでは、サリィとヴォルが楽しそうに談笑していた。ヴォルの表情は相変わらず厳しかったが、雰囲気はどことなく柔らかいように感じられる。
サリィとヴォルが幼馴染であることは乗員の中では有名な話だ。
サリィはヴォルに安らぎを求めていると思っていたが、どうやらヴォルの方もまたそうだったらしい。
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「シュルツ大尉、少しよろしいですか」
談話室を立ち去ったシュルツを呼び止めたのはシュルツの親友であるバートンだった。
「ん?バートンじゃ-」
「バートン大尉、勿論です」
シュルツは今いる場所が廊下だと思い出し、軍隊式に返事をする。
正直なところ、シュルツは任務に支障がない限り階級には余り注意を払っていない。
《シーホーク》の副長であるホーグは無論、その他面々に対しても、かなりフランクな態度をとっている。
階級が上の人物に対してはきちんとした言葉使いをしているため、完全に無視している訳ではなかったが。
だが、親友であるバートンはそうではない。せめて共有の場所ではきちんとした言葉を使うよう、度々シュルツに言い聞かせていた。
最初は話半分に頷いていただけだったが、とうとうバートンの根気強さにやられ、多少の改善を見たのである。
咄嗟に出てしまったシュルツの最初の言葉にバートンは一瞬顔をしかめたものの、シュルツが直ぐに言い直したのを聞いてまあいいかと思ったらしい。
シュルツが自室に案内する後を何も言わずに続いた。
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「それでどうしたんだ、バートン。飲むにはまだ早くないか?」
部屋についた途端シュルツは口調を戻し、まるで肩がこったと言わんばかりに首まわりを動かす。
「何を言ってるんだシュルツ。こんな時間から飲む訳ないじゃないか。だいたい、君は少し飲み過ぎじゃないかい?この前一緒に飲んだ時だって、あんなに飲んで」
無論、酒の話である。
「おっと、油断して口が滑った。それで、酒じゃないなら何の話だ?」
「ハァ。まあ、今に始まった事じゃないか。今日は重要な話なんだ。ついさっき、実家から手紙が届いてね。これなんだ」
バートンはそう言ってシュルツに紙束を渡す。それは、手紙と言うよりはちょっとした報告書と言った方が正しいほどの分量だった。
バートンはシュルツに読むように促し、紙をめくるたびに険しくなる表情を眺める。
「これ、俺が読んでいいもんじゃないだろ、絶対に」
バートンの実家は軍人の家系で、現在も彼の父親は第2艦隊の司令部に勤めているとシュルツは聞いていた。
「もう既に大隊長クラスにまでは出回っていると思うよ。準備もあるだろうしね」
そう言いつつも、バートンは気疲れしたような表情を貼り付ける。
彼の父親は、将来バートンが軍の中枢で働くことになると考えているようで(これにはシュルツも同意するが)、今のうちから情報の分析に慣れさる狙いがあるようだ。
べつに送られてきた情報に対してどういった考察をしたか等の返事を書く必要はないのだが、軍入隊後も実家の影がうろつく現状にバートンは辟易としているのだった。
「バートンはもう読んだんだろ?先に聞かせてくれ」
バートンは今回のように資料が送られてくると、シュルツと共に互いの意見を交換する事にしていた。シュルツがみだりに口外するとは思えなかったし、バートンにとっても1人で考えるよりはよほど勉強になった。
「そうだね。今回送られてきた物から判断すると、マミリアス連邦軍、ガーランド帝国軍は共にギャランツ地方で戦力を集結させていると見ていい。ハンプー星系に集結しているのは2〜3個艦隊、帝国側は具体的資料がないから分からない。」
「それで僕の考えとしては、近々ギャランツ地方で大規模な戦闘が起こるという事、そしてそれは連邦の攻勢によって引き起こされる、と言うところかな。」
「連邦はいつになく積極的に動いている。初の連邦軍による攻勢になると思う。共和国に対しては、連邦、帝国共に余計なちょっかいはかけてこない」
バートンはそこで小さくため息をついて区切り、さらに続ける。
「といいんだけど、帝国がどう出るかだね」
「帝国軍が何隻の艦を保有しているかは分からない。けど、連邦軍よりも多いと言うのが大方の予想だ。連邦軍を相手取りながら、共和国にも戦力を回す余裕はあると思う」
「であれば、帝国は共和国に余計な事ができないよう、きっと牽制してくる。内容は政治的、軍事的に色々あるだろうけど、その中でも一番最悪なのが、帝国軍の攻撃だろうね」
「共和国は領土が狭いから、星系を取られれば大打撃だ。敵の規模に関わらず、何としてでも食い止める必要がある。帝国軍が攻めてくる限り、共和国軍は迂闊に動けない」
「そして、僕らが今いるのは帝国との国境線だ。本当に帝国軍が攻めてきたら、僕ら第4艦隊に迎撃の命令が下るだろうね」
「シュルツはどう思う?」
バートンは期待感を持ってシュルツに尋ねる。
バートンにとって、シュルツは親友であると共にライバルでもある。士官学校時代は常に成績を競い合った。だからこそ、バートンはシュルツの能力をよく知っている。
分析力と決断力。この2つがシュルツの持つ最大の強みであり、バートンが自身よりも信頼するものだった。