7話−2人①
シュルツらの所属する第3大隊は次の任務までの間、しばしの休息が与えられていた。
特に232小隊は戦闘を行ったこともあり、シュルツは部下の精神面を心配していたが、基地帰還後の夜に酒を飲み交わしたことで問題なしと結論づけていた。
あの夜の部下の様子から、シュルツがそう結論付けた事を責めることはできないだろう。だが、もう少し経験を積んだ指揮官であれば、また異なった判断を下したに違いない。
ミハエル・ヴォルは《シーホーク》の火器管制を担当している。その寡黙な性格故に周囲からは敬遠されがちだが、決して無感情というわけではない。
むしろ、感情の機敏には人一倍敏感だった。
そんなヴォルは、しばしの休息が与えられたにも関わらず、自室で物思いに耽っていた。じっと天井を見つめ、微動だにしない。
同室のダニエルはそんなヴォルの様子を見て、気を利かせたのか1時間ほど前から姿を消していた。
娯楽施設にあるレーシングゲームで存分にその腕を振るっているか、バーで呑んだくれているかのどちらかであろう。
だが、ヴォル1人の静かな部屋に静寂を破る音が響く。
「し、失礼しまぁ〜す、ヴォルはいますか?」
どことなく間の抜けたその声の持ち主は、《シーホーク》の通信士であるランドリア・サリィのものである。
ヴォルとは同郷であるだけでなく、幼い頃からの知り合い、もとい幼馴染である。
「今は1人だ。問題ない。入っていいぞ」
傍目には大層無愛想な声音だが、サリィにとっては慣れたものだ。
「あ、ヴォル。1人だったんだ。よかった。無駄に緊張しちゃったよ」
「ダニエルに失礼だぞ。言葉にはもう少し気をつけろといつも言っているだろう」
「あ、いや、そんなつもりはなかったんだけど。や、ごめんごめん」
「まあ、《シーホーク》の皆んなはサリィのそういうとこは知ってるから大きな問題は無いけど。普段から気をつけていかないと大事な場面で自分自身が傷つく事になるぞ。」
いつもの事ながら、ヴォルは小さなため息とともにサリィへ忠告する。
「それで、どうしたんだ」
とは言いつつも、ヴォルにはサリィの要件は分かっていた。
自分の性格はよく知っている。感情を表に出す事が苦手なのだ。
軍に入って無理にでも人との距離が縮まれば、これを直せると思った。
だが、まあ、その目論見は甘かったらしい。軍では確かに多くの人間と接するが、そのほとんどが、言ってしまえば事務的なものだ。
口から出る言葉のほとんどは命令、もしくはそれを受ける時。
定型化された言葉を言うだけで会話は終えられる。
当初の目的を果たせない以上これ以上軍に居続ける必要は無くなったはずだが、それでもまだ辞める訳にはいかない。
何故かサリィが軍に入隊したからだ。別にサリィに対して思うところがあるわけでは無いが、こいつはどうにも、こう、抜けているのだ。天然といえばいいか。
今の共和国を取り巻く環境の中、サリィを1人軍に残すのは、どうにも不安だった。
「あ、いや〜、用事って訳でも無いんだけど、なんか落ち着かなくて。や、でもヴォルが忙しいなら出直すよ」
サリィの用事は分かっている。言ってしまえば、サリィは不安なのだ。
初めての実戦。それも不意の遭遇戦。敵の指揮官の見せた気迫。爆発四散する敵艦。被弾の衝撃。
どれも始めて体感した事だ。
普段、サリィは明るく振舞い、多くの人を笑顔にさせている。それは俺には無いもので、そんな皆の中心で浮かべるサリィの笑顔は、素直に綺麗だと思う。
だがやはり、笑顔でいられない時もあるのだろう。そんな時、サリィはこうして会いに来るのだ。
これは幼い頃からの習慣、のようなものだった。