5話−談話
232小隊の面々と酒を飲み明かしたシュルツは、翌朝から精力的に動いていた。
大きな事では前回の戦闘に置ける問題点の洗い出しや、帝国軍駆逐艦についての考察、小さい事では自室の整理など、とにかく休暇中をは思えない程活発に活動した。
その間、帝国軍人バルガ・ギロの言葉を思い出し、なぜ彼が誇りに殉じたのかを考えた。
だが、やはりシュルツには分からなかった。生還した事を喜ぶ232小隊の面々が脳裏に浮かび、部下を道ずれにした彼に憤りさえ覚えた。
そして第232小隊の帰還から15日後。任務を終えた第3大隊が帰還する。
シュルツは大隊長のコーバス中佐と任務肩代わりしてくれた呼び小隊に礼を言い、用意しておいた酒を渡した。
コーバス中佐に渡した酒は、以前シュルツがバーラト共和国首都、惑星バーラトへ行った際に買ってきた秘蔵の一本である。
コーバス中佐は酒好きとして有名だったので、これを選んだ。
その夜、基地にあるシュルツの小部屋に1人が立ち寄った。
律儀にノックをするその人物は、その行為だけでシュルツには誰なのかが分かった。
「バートンだろ?鍵は閉めてない」
シュルツがそう呼びかけると、スラリとした背の高い金髪の男が入ってきた。
ジョゼフ・バートンである。
士官学校時代からのシュルツの最大のライバルであり、最も信頼する友だ。
優しい笑みを浮かべるバートンは物腰の穏やかな人物で、一見軍人には向かないように見える。だが、その優れた思考力は鋭い解を探し出し、軍人としての適性を周囲も認めざるを得なかった。
「久しぶりだね、シュルツ。君が任務を中断して帰還したと聞いた時は心臓が止まるかと思ったよ。無事で何よりだ」
「心配かけて悪かったな、バートン。だが、見ての通りピンピンしてる。帰ったばかりで疲れてるだろう。そこらに座ってくれ。秘蔵の一本は我らが中佐殿に渡してしまったが、なに、秘蔵の酒は1本じゃない。折角だからそれを開けよう」
シュルツはバートンに椅子を勧め、自身はベッドに腰掛けると小さいテーブルの上にグラスを2つ起き、1本の酒を取り出した。
それは、シュルツの生まれ故郷であるスプラント星域の第18コロニー、ビカラニアの酒だった。
この酒はスプラント星域では名の知れた銘酒だが、それ故に多星系へ出ることのない貴重な品である。
シュルツは士官学校時代から帰省するたびに何とかこれを手に入れ、バートンと飲んでいた思い出の酒でもある。
気の回るバートンは肴を持ってきていたため、そのまま2人の小さな宴会が始まった。
基地での生活から始まり、士官学校時代に時を遡る。思い出話しに花を咲かせていた2人だったが、シュルツが真剣な表情で「聞きたいことがある」とバートンに話しかけた事で、一旦この小さな宴会はお開きとなった。
シュルツは前回の戦闘で降伏勧告をした際に返された帝国軍人の言葉と、帰還した際に告げられたニコレス大佐の言葉、そして生還を喜ぶ232小隊の面々との酒盛りについて話した。
「俺には、誇りに殉じると言うことが全く分からない。あの帝国軍人はあの時降伏していたら今も部下たちと共に生きていたはずだ。あれだけ高潔な軍人なら部下から良く信頼されていただろうに、それを投げ打ってまで死を選んだ。俺にはそれが全く分からないんだ。バートン、教えてくれ。なぜ彼は生き延びる選択をしなかったんだ」
「君は変わらないね、シュルツ。学生時代に色々と相談された事を思い出すよ。
僕が思うにね、彼は帝国そのものを誇りに思っていたんだろう。丁度、君とっての部下のように。
君も知ってるだろう。100年前の銀河連邦崩壊の際に一番荒れたのが今の帝国のある地域だ。当時まだ小さかった帝国は生き残るため、国民に安寧を届けるために戦った。
実際、帝国がアーター地方を平定するまであの地は戦乱に包まれていた。
そして帝国が今の様になってから急激に発展して、連邦と肩を並べるまでに豊かになった。
きっと、彼らは帝国に恩義を感じているんじゃないかな」
「だが、国は国民の幸福のためにあるべきだ。目の前に提示された生き残る道を自ら踏みにじらせる物に意味はあるのか?」
「仮の話をしよう。君の故郷が帝国軍に襲撃された。君は部下と共に立ち向かい勝利したが、最後に1隻の帝国軍艦艇がコロニーに対してミサイルを撃った。君の艦は損傷で武装が全く使えず、装甲も全て蒸発した。こんな時、君はどうする?」
「状況が違うだろう、バートン。それでは何をしても俺の大切な人が死ぬが、あの時の彼らが降伏しても誰も死ななかった」
「たしかに、人は死ななかった取ろうね、シュルツ。でも、彼らにとって僕達共和国に降伏すると言う事は、帝国を見捨てることと同義だったんだと思う。君は故郷のコロニーを見捨てられるかい?」
「だが・・・。彼らには確かに生き残る道があったんだ。今の俺たちの様に、大切な人と酒を飲み交わす事だってできた。いずれは帝国に帰れるし、それからまた帝国のために戦う事も出来た」
「そうだね。結局のところ、彼が降伏しなかった真意は彼にしか分からない。そんな事を考えていても答えは絶対に分からない。でも、僕はシュルツがそうやって考える事にこそ意味はあると思う。
答えのない問いは、自分に問い続ける事でしか答えを得られない。そうやって得た答えは絶対的なものでは無いけれど、君にとってとても大切なものになる」
「…そうだな。今は彼の選択が理解できないが、考え続ければいつか分かる時が来るんだろう。いつも変な事聞いて悪いな」
「いいさ。君がこうして僕に相談してくれるのは嬉しいよ。でも、君は1つのことにのめり込み過ぎる嫌いがあるからね。考えすぎるのは良くないとだけは言っておくよ」
バートンはそう言って話を終え、2人は小さな宴を再開した。