3話–悩み
帝国軍ラミレス級駆逐艦3隻との戦闘は、発見から全滅まで30分に及んだ。
撃沈された味方はおらず、敵艦は全て沈めたという完全なる勝利だったが、その勝利に酔うものは《シーホーク》の艦橋にはいなかった。
死にゆく敵艦の見せた覚悟は各員の勝利の興奮を吹き飛ばしたのである。
また、撃沈した味方艦艇はいなかったものの、無論損害はゼロであるはずがなく、その確認に追われていた。
《ガリア》は前面装甲に2発、側面装甲に1発を被弾し、ハニカムを損傷していた。
《ワーケン》は1番損害が軽く、前面装甲に1発の被弾のみだった。
《シーホーク》は旗艦でありながらも数多く被弾した。前面装甲に4発、側面装甲に1発である。とりわけ最後に前面装甲に命中した一撃は重く、前面装甲は大きく損壊していた。
シュルツはこれらの損害から任務続行を困難と判断し、基地へ帰還することに決めた。
その後、10日かけて母港であるノーバンティ星域第3基地へと帰還する。
《シーホーク》は誘導灯に従ってゆっくりとドックへ導かれる。シュルツは無事に帰還出来たことを喜びつつも、帝国軍の見せた最後の意地が脳裏から離れなかった。
ドックへ無事に着艦し、艦を降りるシュルツは《シーホーク》の周囲に群がる多数の共和国軍人を見て取った。
艦隊の負った損傷に驚いているのだろう。
書かねばならない報告書の量に今から辟易としつつ、司令部へ報告へ向かう。
戦闘の経緯については基地とが通信可能圏内に入った段階で報告してある。
しかし、もっと詳しく聴きたいと出頭を命じられていた。
「第232小隊隊長ドーリアン・シュルツ大尉です。今回の哨戒任務について報告に上がりました」
「ご苦労だった、シュルツ大尉。早速だが隣の小部屋で詳しい話を聞きたい。ついてきてくれ」
シュルツを迎えたのはニコレス大佐だった。
ニコレス大佐は第4艦隊司令部に属しており、シュルツの上司の1人である。
小部屋に案内されると、シュルツは戦闘に至った経緯、戦闘の内容、その結果について詳しく説明した。
「なるほど、よくわかった。報告は私が直接上に持って行くから、報告書は書かなくていい」
「ありがとうございます。あの、ニコレス大佐。私が戦闘中に行った降伏勧告は、正しかったのでしょうか」
「そうだな。今の話からすると、降伏を促した事については私は評価する。勝利が間近となった時にも場に流されず、状況を正確に認識する能力は艦長として重要だ。だが、帝国軍人の気質については聞き及んでいるだろう。あのタイミングでの勧告は勇気ある行動ではあったが、同時に危険な行動でもあった。それは分かっているだろう」
ニコレス大佐の言う通り、降伏勧告を聞くと見せかけて攻撃してきたり、時間稼ぎをして周囲の友軍の助けを待つ可能性もあった。
「無論です。しかし、1隻は撃沈され、残る2隻も満身創痍の状態でした。まともな戦闘にはなり得ませんでした」
「そうだ。だが、彼ら、バルガ・ギロと言ったな、彼は帝国軍の誇りを守り、拒絶した。帝国軍人の気風であり、気高い軍人だったのだろう」
「ですが、私には分かりません!その帝国軍の誇りとやらは、自身の生命と引き換えにするほど価値のあるものなのですか?それに、天秤には部下の命も載っていたのです。多くの生命を巻き添えにするその誇りとやらは、全く理解できません」
「帝国軍人にとって、自らの所属はそれほどに価値のあるものだと言うことだ。帝国の成り立ちを思えば、それも理解できよう。大尉が理解できないそここそが、この大戦が起きている理由かもしれんな」
シュルツは戦場で思った事をニコレス大佐に尋ねるも、明確な回答は得られなかった。
シュルツにとって、軍人という道はただのキャリアでしかなく、それに自ら殉じることに意味を見出すことが出来なかったのである。