碧い声
「はぁーあ、ああああ!」
神田川のほとり、迷子は溜息を付いた。
すると、どこからか白いパグが足元に寄って来て話しかけて迷子に来た。
「どうしたのさ、そんな盛大なため息ついて。」
リードも何も付けていないが、黒いサングラスをかけ、サンタの帽子を被っている。
白い毛並みに良く似合っていた。
「君は誰?」
迷子は単調な声でパグに聴いた。
「僕は犬。名前はまだ無いんだ。」
パグはその場の煉瓦道にお座りした。
「ねぇ、どうしたの?どうしてあんな盛大な溜息を付いていたの?」
パグ犬は改めて尋ねた。
前足を迷子に向けて上げ、手招きする動作があざとい。
迷子は少し俯いてから、空を見上げ、まぁ犬になら話しても良いか、と思った。
「私、昔から「あんたって、どうしてそうなの?」って言われちゃうの。だから一生懸命人を理解しようと思って、心理学とか、占いとか、気功とか色々やってみたけど、全然言われる事が変わらなかったよ。」
「自分以外はみんな変わった人なんだよ。」
パグ犬は何の計算も無い口調で言った。
「そっか、そうだよね。みんな自分と違うものね。」
迷子は何故だか初めて、人生で抱えていたモヤモヤが晴れた。
人間は変化していく生き物だ。原始人から、現代人になり、女から男になり、子どもから大人になり、また行き過ぎると逆戻りしたりする。
行ったり来たりし、変わってく。みんなみんな今の自分とも、一緒だった誰かも変わっていく。
みんなみんな変わってく変てこで面白い存在なんだ。
迷子の涙がいっぱい零れ、神田川に落ちた。
他人様の前で恥ずかしい。いやお犬様と言うべきだろうか?
そのパグ犬の声は碧い声だった。
相手の気持ちを受け止めてから、ゆっくりゆっくり話し出す。
海みたいに深く、鎮静を促す声音。
自他の知恵を引き出す様な、静かな熱を感じさせる色。
迷子はこうやって時折、人の声の色が見える。
目の前にいるのは、人で無く、犬だが。
迷子がしゃがみ込み、パグ犬の顔をわしゃわしゃし、じゃれあった1っ分後。木の陰に飼い主を見つけ、迷子が赤面するのはまた別の話。