5.異世界転移
俺は、異世界転移したらしい!!
そう、最近のラブコメとかアニメとかで結構ある異世界転移。異世界転生と似ているが少し異なり、精神や記憶などだけが異世界の人物に移る現象。あくまでフィクションの話の中だけの話だ。
だから、驚きを隠せない。いや、あり得ない。…………そうだ、まだ異世界転移したと決まった訳ではない。
探偵としてこんな時は落ち着かねばならない! まず、状況をちゃんと理解しなければ……
図書室でユキとシノとあの本を開いたらその中に吸い込まれた。そして……記憶によると俺は、ルーバン王国の王子、「ケヴィン・デ・ウァーハエツ」という名前の人に転移した。名前は長いから「ウァーハエツ」でいいや。
何となく実感が湧いてきた。
この少女は、俺の側近のメイドで、名は「ヒーサ」
「よろしくっ! ヒーサ」
「え? あ、はい……」
そうだ、この世界ではヒーサとは初対面ではない。
「では、お茶をお入れしますね……」
「お、おう」
なぜだ? なんかヒーサは俺によそよそしい気がする。恐れているのか?……
ヒーサは細くて白い手で、手際よく紅茶を入れる。陶器同士がが当たる音、カップに溢れる紅茶の音、茶葉の香り、全てが朝の空気とマッチして心地好い。
「ウァーハエツさま。どうぞこちらへお座りください」
俺はそのお茶を入れる仕草とカップの置き方に見覚えがある気がした。
探偵というものは観察力が重要。これまで鍛え上げてきたこの力は確かなはず。
…………そうだ、ユキだ。
俺とユキは幼なじみでよく家に行ったこともあった。その時いつもユキが紅茶を入れてくれるのだった。あの楽しそうにお茶を注ぐのを眺めるのが好きだ。
ヒーサはユキなのか?……まあ、もうちょっと様子を見よう。
「今日の俺の仕事は?」
「はい、ブリュッセル王国の王宮へ贈り物をすることだけでございます」
「ありがとう、ヒーサ」
ヒーサは俺の感謝の言葉に戸惑っている。
「ウァーハエツさま、その、……な、何か良いことでもあったのですか?」
なんでそんな質問をするんだ? と思った。
が、次の瞬間、俺の脳裏に恐ろしいものが映った。平手打ちされるヒーサ、押し倒されるヒーサ…………。しかも俺はその一人称だった。
もちろん暴力を振っている精神は俺ではなく、俺が転移する前のウァーハエツだ。しかしヒーサからしたら知ったことではない。
「申し訳ない、ヒーサ。俺はお前にひどいことをしていたようだ。本当に申し訳ない」
「やっ、やめてください。王子が私のような平民に謝るなど……」
ピョコピョコと頭を下げるヒーサを見ていられず、そのひんやりとした手を握った。
「俺は王子として、人としてやってはいけない事をお前にした。だから謝らせてくれ。
それと、これからはそんな酷い事はしないし、そもそも人間が変わった様なものだから安心してくれ」
「そ、そんな……、ありがとうございます」
ヒーサは両手で俺の胸の辺りを握りながら、ホッとしたような笑顔で俺の顔を見た。
「……それと、もちろん許してもらえるとは思っていないが、せめてお詫びがしたいっ。なんでも欲しい物を言ってほしい」
「いえ、そ、そんなっ、私はそのような身分ではありませんので……」
「これは俺が望んでいる事なんだ。ウァーハエツ王子の命令だ!」
「……分かりました。えっと、……えっと…………あ、この紅茶を飲んでみたいのです」
「…………その語尾……やはりお前、ユキなのか!?」
ユキは戸惑いながら俺の顔をじっと見てくる。そして目を輝かせた。どうやらユキは今になってユキの記憶を思い出したようだ。
「ふっ、こんなところで再び会うとは……。だが早まるなよ、これも罠かもしっ」「マァァくーん!」
ユキはこの状況に感動したらしく、俺の胸に飛び込んでくる。……別に照れたりはしない。
ま、まあそもそも、たぶん今いる世界は現実ではない。……たぶんね……
「で、なんだっけ? どっかに贈り物をするんだよな」
「そうなのです! マァ君。
あ、たぶんそろそろみんな朝ご飯の支度を済ませてると思うよ」
「そうだ、急がなくては!」
「じゃあ、着替え持ってくるねっ」
「おぅ、ありがとう」
*
ここで、色々とまとめて説明しよう。
俺もユキも転移する前の記憶とこの世界の記憶がある。その他の、容姿や声はこの世界のものだ。
ヒーサはウァーハエツの側近のメイド。
俺には父と母と何人か兄弟がいる。その長男である。
俺がいるのはルーバン王国のアーレンベルク城。隣にブリュッセル王国がある。
俺とヒーサは今からそこへ贈り物を渡しに行く。
ついでに付け加えると、最近、ブリュッセル王国から俺らのルーバン王国に移る平民が増えている。理由はよく分からない。
しかし、一体全体これはどういうことなのだろうか。
時々出てくる( )は中二病発言などの翻訳・説明、及びツッコミだと思ってください。
できるだけ毎日更新しようと思います。
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