瑪瑙心霊事務所。
「あれ、君、肩にゴミ付いてるよ」
「あ、ありがとうございます」
俺は女性の肩に付いたモノをパッパと手で祓った。
落ちぎみだった彼女の肩が数センチ上がる。
うつむき気味だった顔も少し明るくなっただろうか。
「おいカメ!お前もう女の子に手出してるんかよ、はえーよ」
そう言って突然俺の後ろから俺の肩を抱いてきたジョッキを持つコイツは俺の親友で、いつも余計なトラブルばかり持ってくる男、名前を小林 亮司という。
「ちげーよ、余計なモノを落としただけ」
「……おーん、ふーん、なるほどね」
女の子と俺の顔を交互に見てはニヤニヤして、飽きたのかテーブルに向き直った。
「ねえねえカメさ~ん、私たちともお話しましょうよ~」
数人の女の子が俺に詰め寄ってくる。
今は合コン中だ。
俺の趣味じゃないが、全てこの亮司が仕込んだ事だ。
亮司は普通のサラリーマンをやっていてるがたまにこうして飲みに誘ってくる。
それ自体は悪いことじゃないが俺はこういうわちゃわちゃした飲みは好きじゃない。
それを解っていてコイツは俺を合コンに連れてくる。
理由は簡単だ。
俺の写真を見せれば合コンに女の子が集まるからだ。
「ねえねえ、カメくんって、そういう美奈子みたいな子が好みなの?」
美奈子、今肩のゴミのやり取りをしていた子か。
「あ、いや俺は……」
「あーごめんなねーちゃんたち、でもそうじゃなくてな、ほらコイツ結構美形やろ、血の繋がったお姉さんがいるんだけどさぁ、これが美人だからコイツ美人慣れし過ぎて多分顔で選んでないんだよ」
そう言って亮司は姉ちゃんのグラドルの時の写真をスマホで出して見せる。
よくあったなそんな写真。
「こ、これが、お姉さん?す、すごい美人さんだね」
確かに昔から良く言われる。
お姉ちゃんに似て顔のパーツが整ってるね。
お姉ちゃんに似て美形だね。
お姉ちゃんに似て綺麗な黒い髪と目だね。
耳にタコが出来るほど聞いた。
聞き飽きた。
まあお姉ちゃんに似てスタイルがいいねとは流石に言われる事は無かったが。
「おっと、そうだ、悪いな亮司、俺これから用事があるんだった、じゃ、これ俺の分な」
やっぱりこの場は俺には向かない。
さっさと帰ろう。
荷物をまとめて上着を羽織り、五千円札をテーブルに置いて亮司に向かって人差し指と中指の二本で軽い敬礼の様な挨拶をして席を立つ。
「あ、ちょ、おいカメ!」
時計を見る、時間はまだ7時を回った所だ。
それはそうだ。
合コンは7時スタートと言われていたのだから。
財布から名刺を1枚取り出して、美奈子と呼ばれた女性に渡す。
「もし医者にも警察にも相談出来ない悩みがあるならここに連絡して、迷ったら亮司にでも聴いてくれ」
抵抗もせずに名刺を受け取り、読み上げる。
「えーっと」
「瑪瑙、さっき自己紹介したけど珍しい名前だろ?瑪瑙心霊事務所、所長の瑪瑙カメだ、じゃあね」
彼女の肩をもう一度だけ軽く叩いて今度こそ店の出口を目指して歩き始める。
まあ、これも営業の一環だ。