第二十話 方針決定
読んでいただきありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
「まずアーツや魔法は問題なく使えます。職業補正による能力の上昇も衰えていませんでした」
ここに来るまでにアーツ、魔法、理術、伝技はすべて試したが問題なく使用できた。
囁きも相変わらず聞こえるし、ステータスを開いても数値が落ちているという様子は無い。
つまり今のところ問題は無いという結論になる。
しかし、そんなことはありえない。なぜなら、
「しかし、人々は何か、言いようの無い不安に襲われています。まるで身体の一部を持っていかれたかのように、喪失感を覚えている様子です」
システリナ王女の言うことにオレも頷く。
ここにいる人間すべてが感じている言いようの無い不安。喪失感。
オレも先ほどから頭の中に警報が響いている感じがしている。
その正体は、たぶん――。
「ラーナ。『職業覚醒』を試させていただいてもよろしいでしょうか?」
半ば確信していても確認しなければならない。
部屋にいる全員がオレの発言に息を呑んだのを感じた。
あのシステムメッセージは言っていた、《職業覚醒システムは凍結されます》と。
本来なら戯言と切って捨てられそうなことだが、ここに集まった人たちにあの声を否定する者など誰一人としていない。その声がどこから、誰が発したのか魂が理解しているからだ。
「はい。覚悟は出来ております。試してみてください」
「……わかりました」
「お待ちを、でしたらわたくしやルミも共に参加しましょう。『職業覚醒』は一日に一回しか使用できないのでしょう? サンプルは多いに越したことありませんわ」
ルミの手を引いたシステリナ王女が傍に来た。気丈に振舞って入るが、その顔は蒼白に近く、メモをとるペンが小刻みに震えている。
ルミは少しビクついているがやる気のようすだ。
これから起こることは、たぶんこの世界の人々にとってとんでもない苦痛をもたらす。
それが分かっていてなお自分にして欲しいというシステリナ王女はとても強い人だと思った。もちろん協力してくれるラーナも、そしてルミもだ。
彼女たちの悲しむ顔を見たくは無い、けれど確認しなければ取り返しの付かない事態になる可能性が高い。
オレは、外れていてほしい。あのシステムメッセージが何かの間違いであって欲しいと願いながら、それを発動した。
「いきます。――『職業覚醒』」
『職業覚醒』の伝技が発動したことを示す黄金の輝きが現れ、そして消える。
すぐに“魔眼”を発動し、彼女たちの職業を確認するが――。
ラーナは相変わらず“【聖女】LV21 経験値2,340”と出るだけだ。職業は【聖女】のみ。
――ん? 経験値という項目が新しく増えている。いつの間に出るようになったんだ?
他の人も、あと自分も見れるようだ。
いや、とりあえず今はいい。そんなことよりシステリナ王女もルミも変わらず職業に覚醒していないようだ。これでほぼ確定した。
「やはり、職業に覚醒できない、のですか?」
「はい。『職業覚醒』は確かに発動しました。ちゃんとクールタイムに入っています。ですが、手ごたえがまったくありません」
ラーナの動揺する言葉にオレも今感じたことを報告する。
『職業覚醒』は職業を覚醒させる伝技だ。
今のところ、変な職業に覚醒してしまうこともあるが、職業に覚醒すること自体失敗したことは無い。
しかし、現にラーナたちは誰一人として職業に覚醒していないようだ。なら、考えられることは、
「まだ確定とは言いませんが。やはり職業に覚醒する機能が無くなったということでしょう」
「そ、そんな……」
「わ、王女様しっかりしてください」
システリナ王女が呆然と呟いて崩れ落ちるのをルミが寸前で抱き支えた。
システリナ王女のショックは酷く荒い息をして目の焦点が合わなくなっている。それまで戸惑っていた従者たちが慌ててシステリナ王女を引き取り近くのソファーに寝かせる。
彼女の母国であるフォルエン王国、その軍は、『民兵覚醒』によってスタンピードに対抗する戦術を確立しつつあった。もし、本当に職業覚醒が出来なくなったとすれば、その戦術が泡と化すだろう。そうなればフォルエンはどうなるか想像に難くない。
システリナ王女の心労は相当なもののはずだ。
いや、フォルエン王国だけではない。
シハヤトーナ聖王国でも大きな弊害が起こることは間違いない。
スタンピードは職業に覚醒しないと対抗できないからだ。
今後、もし職業に覚醒できない事態になれば、この場を乗り切ったとしても、次の世代、次々の世代では職業に覚醒できず、結局人類は滅びてしまうだろう。
それほど職業覚醒というものはこの世界にとって重要で、そして最後の希望なのだ。
簡単に許容するものではないし、無ければ滅びるしかない。
みんなが不安に思っていたのはこの事をどこかで感じていたからだろう。
「ハヤト様、これからどう動きますか?」
ラーナが真剣な表情でこちらを見る。
その表情には覚えがあった。
あの、無謀にも塔へ向かおうとしていた、あの時の表情だ。
また、サンクチュアリを形にするうえで方針を話し合い、オレとサンクチュアリを導いてくれた時の表情でもある。この顔をしたラーナは強く頼りになることをオレは知っている。
だから安心して今後の方針を話すことが出来た。
「先の声の正体は不明です。しかし、職業の覚醒が出来なくなったことはほぼ事実。あの声を信じるなら世界神樹ユグドラシルで何か不吉なことが起こったようです。これを取り除かなければサンクチュアリは、いえ人類は、生きることが出来ないでしょう――」
そこで一度溜める。
部屋に居た全員がオレに注目した。これから宣言することがどれほど実行不可能かと知りながら、しかしそれでも宣言する。
「――世界神樹ユグドラシルの元に向かいます。そして原因を究明し、職業覚醒システムの復旧か、もしくは―――スタンピードを止めます」
それはこの世界の住人が80年に渡り成し遂げられなかった夢。
人類がどれほど渇望したか分からないほど大きな夢だ。
「城塞都市サンクチュアリは、シハヤトーナ聖王国は滅ぼさせません。――絶対にですっ!」
スタンピードの発生原因は不明という事になっているが十中八九世界神樹ユグドラシルが係わっている。だから、それを取り除く。職業に覚醒できなくなった今、スタンピードは絶対に止める必要がある。
オレは、スタンピードを完全に終わらせに行くと決めた。
そして、職業覚醒システムとやらも、絶対に復活させて見せる。




