第十五話 『視察』 職人街・雑貨工房通り
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「しゃ~せぇ~」
服屋の向かいにある櫛とコップの像が立つ建物は雑貨店だ。
ガチガチのエリーに別れを告げて早々に雑貨店に移動すると、とてもギャル語っぽい砕けまくった「いらっしゃいませ」が送られてきた。
「シノン……。今日はお客様がいるからちゃんとしてくれ…。いや、できればいつもちゃんとしてくれると助かる」
「えーいいよ」
「はぁ」
雑貨店の奥からちょこっと顔を出したシノンに注意すると軽い返事が返ってきてため息が出た。
この一年の付き合いで分かってきたが、シノンはイタズラ好きだ。そしてわりと頭が良い。
チカをからかう時も、絶妙な加減で要領よく、うまく自分が楽しむために誘導しているようだ。
たまにとんでもない結果が待っている時もあるが、悪感情が芽生えたり、仲が悪くなったりするようなイタズラはしない。
あと、微妙にオレもからかいの対象になっているっぽく、ちょくちょくちょっかい出してきてはラーナに叱られているたりする。しかし、改める気はないようだ。
「システリナ殿下ですね。ハヤト様から雑貨店を任されていますシノンと申します」
「あ、はい。こちらこそ今日はよろしく願うわ」
さっきの気の抜けたような言動と打って変わった自己紹介にシステリナ王女も困惑しながら返す。
シノンは意外にもちゃんと出来る子なんだ、普段しないだけで。
ラーナから何度もお説教と改心教育を受けたので少しくらいの礼儀作法は出来るようになったらしい。
「雑貨店というわりに品物が多いのですね…。あ、フォルエンの物もあるのですね」
店内を視察するシステリナ王女が意外そうに言った。どうやらシステリナ王女がイメージする店構えとかなり違って見えるらしい。
まあ、ここは雑貨店というより何でも屋みたいな感じの店だ。
「雑貨店はここしかないですからね。なんでも揃うようにしています」
この雑貨店は主にフォルエン王国から交易で手に入れた小物類や生活用品が置いてある。
他には【細工見習い】や【鍛治見習い】などの生産系職業に覚醒した子どもたちが作った品を、数は少ないけれどちょこちょこ置いてあるといったかんじだ。
「これをどうやって販売しているのですか?」
「正確には販売とは違うのですが、ツケ払いに近い感じですね」
「ツケ?」
システリナ王女がオレの言葉に首を捻る。どうやら彼女はツケという言葉になじみがないようだ。
後ろの従者の一人に普段商人にする後払いのことだと説明を受けて頷いている。
なんとなく理解できたのだろうと話を続けようとしたところで、
「シノンさんいる~」
「コップと歯ブラシが欲しいのだけど」
9歳の二人組みの女の子が雑貨店に来店したようだ。
ちょうど良いので彼女たちの買い物の様子を視察という名目で観察してはどうかとシステリナ王女に提案してみると「それはいいですね!」とかなり乗り気で承諾してくれた。
シノンにオレたちのことは気にせず接客に行ってほしいとお願いする。
「はいよ~。――あ、はーちゃんとみーちゃんじゃん。おけおけ、コップはあっちで歯ブラシは~奥かな、みーちゃんついてきて~」
9歳の二人はオレに気がつくと軽く挨拶して手を振った後店の奥に入っていく。
「ちょうどいいですね。彼女たちのやりとりを見てください」
そう言って彼女たちの後をシステリナ王女と付いて行くとちょうどシノンが棒状の札に書き込みをして、それを渡しているところだった。
札を受け取った9歳の二人が品を受け取ってキャッキャしながら帰っていく。
「あの細い札がサンクチュアリの通貨代わりです。あの札には細い線が等間隔に刻まれていまして。札に買った数を刻みます。刻まれた棒は週毎に回収され、刻まれた分労働をするシステムに成っています」
要は通貨が働いた分買い物が出来るのに対して、サンクチュアリは買い物した分働くというシステムだ。
それに品物は値段ではなく個数で売り買いしている。つまりどんなに高いものでもどんなに小さいものでも同じ値段で同じ一個だ。その代わり、価値の高い物などは買い物できる数などが制限されている。
以前は完全配給制にしていたのですべてタダで配っていたのだが、いつか通貨を導入するにあたり、子どもたちに少しずつ慣れてもらうため導入されたシステムだ。
何しろ子どもたちに計算なんて出来ない。
元孤児なので買い物をした経験のある子も少ないし、お金自体あまり係わった事も無いという子も多いのだ。
そのため、“働く”という事と“買い物”を結びつけて教えていかなければならない。
今後は物の価値について学ばせていき、最終的に通貨を使った買い物の仕方を教える予定だ。
ちなみに働けない6歳以下の子は完全配給制のままになっている。
『空間収納理術』から札を取り出してシステリナ王女に見せた。
「これが通貨代わりの札です。自分たちは棒線札って呼んでいますね」
「棒線札…。確かに棒にたくさんの線が書いてありますね。それにこれは何の素材ですの? 土のような色合いですが艶があり滑らかです。それに堅いのに指が沈むような弾力性も…。城の壁も同じような材質でしたがわたくしは見たことがありませんわ」
それはオレが土を素材に理術で作ったからね。理術が知られていないのならその反応も当然だ。
一度型を作ってしまえば量産するのは難しくないので棒線札は大量に作ってある。土素材なのに土が手に付かないし溶けない優れもの、建物にも使われていて子どもが家でうっかり壁にぶつかっても、つまずいて転んでも怪我し辛い柔らかい弾力性。これがサンクチュアリの建物の標準だ。子どもが多いのでその辺気を遣っている。
これに関してシステリナ王女にどう答えたら良いか迷ったが、
「また今度詳しくお答えしますよ。いずれシステリナ王女も知らなければいけないことですから」
「……分かりましたわ」
多分、近いうちオレの理術に関して話さざるをえない日が来る気がしている。
ラゴウ元帥の凶兆という言葉が妙に頭をかすめるのだ。
その後、システリナ王女の質問に答えたりしながら雑貨店を回り終えると、次に隣の家具屋さんに来店し、地球の家具を参考にオレが作ったそのユニークなできばえの家具に説明を求められたり、次に向かいの園芸用品店に寄って、特に目新しい物が無くシステリナ王女ががっかりしたりと視察を続けた。
ちなみに園芸用品店はほぼ全てがフォルエン王国から仕入れた物だったからシステリナ王女ががっかりするのも仕方ない。大農業王国の名は伊達では無いのだ。
思いのほか視察が有意義に進み、いつの間にか西地区の商業施設は全部制覇していた。
まだ数が少ないからね。
あとは細々した小さな工房があるだけだが「そこも行きますか?」と聞くと「もちろんです」と返ってきたので案内する。
すると、工房内でアーツを使っている子どもたちを見てシステリナ王女がまたも声を荒げ始めた。
「ですから、なんで、こんな小さな子どもが、いえ子どもたちが、みんな職業覚醒者なのですか! ハヤト様、いい加減説明してください!」
「――『沈静』」
「!」
子どもたちが怯えるので問答無用の『沈静』で落ち着いて貰う。
視察が終わってから話すと言ったけれど、システリナ王女はもう待てないみたいだし、そろそろ話したほうが良さそうだ。




