第三話 システリナ王女
「入れ」
ラゴウ元帥の一言でガチャリと扉が開き、美しい女性が入室してくる。
人がドアの前でずっと待っていたのは感知していたが、このタイミングで入室を促す相手ということはつまり。
「紹介する。フォルエン王国の第三王女、我が妹のシステリナだ」
なんとなく今日会うかもしれないと思っていたが、本当に顔合わせすることになるとは。
イガス将軍はよほど焦っているのだろうか?
身体を彼女の方に向き直ると、システリナ王女がスカートを摘まみ礼をする。
「お初にお目に掛かりますわ。ご紹介に預かりました、わたくしはフォルエン王国第三王女、システリナ・エルヴァナエナ・フォルエンと申します、以後よろしく願いますわ」
実に美しい作法で礼をするシステリナ王女。
ここが要塞ということを忘れてしまいそうな美しい美貌、腰まで伸びる淡い緑色の髪、レモン色を基調としたワンピースのような服を見事に着こなし、彼女が高貴な身分だと仕草だけでわかる存在感を放っていた。
イガス将軍の話では彼女は今18歳だと言うが、とてもそうは思えない大人の雰囲気を持っている。
ラゴウ元帥とは兄妹とのことだがまったく似ていない、辛うじて髪の色が同じなくらいだ。
「自分はシハヤトーナ聖王国王太守にして【勇者】の超越者、ハヤト・エルトナヴァ・シハヤトーナという。こちらこそよろしく」
少々の間見とれていたことに気がついて少し慌て、それを表に出さないように気をつけながらこちらも自己紹介する。
ちなみにオレはラーナと結婚した事により、王太守という身分になった。
名前もラーナの家名であるエルトナヴァと国名であるシハヤトーナを名乗る。
システリナ王女の第一印象はやはりその美しい作法だ。
イガス将軍が前に言っていたとおりしっかり者というイメージが印象に強く抱だかせる。
そして、そのイメージは一部を除いて間違いではなかったとすぐに証明される。
「何故お兄様はお客様にお茶の一つも出さないのですか!? イガス伯父様も、その書類は昨日のうちに済ませておいて言っていたではありませんか! お客様の前で書類を広げているなんて非常識でしょう! もう、二人ともずぼらです。ず・ぼ・ら!」
一通り挨拶が終わったところで、システリナ王女の美しいご尊顔が崩れ眉がキリキリ上がっていった。
矛先はこの軍の二大トップである。
可愛い姪に注意されイガス将軍があいたたたといった表情で書類を片付ける。
しかし、ラゴウ元帥は王太子。「茶の入れ方なんぞ知らん」と言い切った。
「なら、今後はお茶を出せる人員を配置してくださいませ。救国の英雄に対してあまりに礼儀が足りていませんわ! 今日はわたくしがお茶をおいれします、お茶はどこにありますの?」
「知らん。補給隊に聞くがよい」
「もーっ! 本当にお兄様は戦いのこと以外はだらしないんですから!」
くるりとシステリナ王女がこちらを向いて頭を僅かに下げる。
「申し訳ありませんハヤト様、フォルエンの男たちは礼儀知らずばかりで。もう少々お待ちくださいませ」
「あ、ああ。お気になさらず…」
なかなかの迫力にそう返すので精一杯だった。
システリナ王女は朗らかな笑顔で礼をすると、部屋から退出していった。おそらくお茶を用意しに行ったのだと思う。
「すまんのうハヤト殿。システリナ様はしっかり者…というか真面目でな。文官としては優秀なんじゃが、気が強くて曲がったことが嫌いでのぉ。少し高飛車に育ってしまったんじゃ」
「いや、言っていることは間違っていない。しっかり者というのはどちらかというと好感が持てる。気にしていない。ただ少し、驚いただけだ」
イガス将軍が少し情けない声で謝罪してくる。将軍で公爵という地位に付いている彼でも姪には弱いらしい。
それに気にしていないというのは本当だ。
真面目で真っ直ぐな文官というのは貴重だ。
あの性格なら、嫁の居るオレにちょっかいかけてラーナから不興を買うなんてことには成らないだろう。と、一番気にしていた部分が解消できそうで胸をなで下ろしているくらいだ。
本当に気にしないで欲しい。
それにお茶の一つも出さないのか? と思ったことは実はある。
オレは日本人で社会人だったからね。この世界ではこれが普通なのか? と疑問に思ったことはわりと多い。
システリナ王女はこの世界では成人しているし、色々この世界の知識に疎い自分の大きな助けになるだろう。
しばらくしてお盆を持ったシステリナ王女が帰ってきた。
「お待たせいたしましたわ」
司令室の中央にある机に二つ、ラゴウ元帥のデスクに一つ、イガス将軍のデスクに一つ、それぞれティーカップ置いて、ポットから紅茶を注ぐシステリナ王女。
その姿は綺麗でとても美しかった。
「どうぞ」
オレの前に置かれたティーカップは、別に高そうな物でもない、普通のティーカップだった。
多分、軍事要塞では高価なティーセットなんてなかったのだろう。
システリナ王女も心なしか残念そうに見える。
「ありがとう。いただくよ」
一口飲むと、旨い。
システリナ王女の腕が良いのかな?
「美味しい…」
「よかったです」
いつの間にか紅茶を飲む様子を横で見ていたシステリナ王女が笑顔で言う。
何故そこにいるのか。まあ良いけれど。
一息ついたところでラゴウ元帥が口を開いた。
「イガス将軍が前話した通り、システリナをサンクチュアリに預けたい」
「お受けしよう」
了承を伝えると、横にいるシステリナ王女から何か歓喜の雰囲気が伝わって来たような気がした。
「助かる。ハヤト超越者と共に居れば安全だろう」
その言い方だとフォルエン王国にいると危険だと言っているみたいに聞こえるのはオレの気にしすぎだろうか?
「ハヤト殿には話しておくべきだのう」
「無論。そのつもりだ」
イガス将軍が髭を撫でながら意味深な事をラゴウ元帥に言う。
なんだ? 途端に空気が変わったような…。
雰囲気からとても言いにくそうな感じだが。
やはりシステリナ王女をサンクチュアリに移住させるのは避難的な意味以外にも何か理由があったのだろうか?
いや、ないわけがないか。しかし、以前宴の際に聞いた感じだと本当に避難させて欲しいという純粋な思いに感じたのだが、アレは気のせいだったのだろうか?
それともこの十ヶ月の間に何か変化が起こったのか?
「ハヤト超越者。邪竜王の手を払い、我がフォルエンを救っていただいたばかりだが、…悪い知らせがある」
ラゴウ元帥がそこで一端言葉を止め、こちらにいつか見た覚悟と決意の眼をする。
「……聞こう」
「――我がフォルエンの【予占者】が凶兆を見た。フォルエン王国はスタンピードに呑まれる」
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