第三十九話 『王国の産声』-エピローグ-
“国殺し”と恐れられた、最強最悪のドラゴンが討伐されて一週間が経った。
真っ白に浄化された元“邪竜王”はオレの新職業【調教術師】の能力で進化した。
その名は――“聖竜帝”。
以前の邪悪な外見からは懸け離れ、驚くことに真っ白く輝く聖属性の気を放つ聖なるドラゴンに生まれ変わってしまった。
HPも0だったはずが、何故か全快して息を吹き返したときは思わず『英雄覇撃・古閃滅竜』を使いそうになってしまった。
しかし、前の上級職業【調教士】だった頃より数十倍にパワーアップした【調教術師】で完全に自由を奪われていたため観察を優先することとなった。
その結果分かったのが、この聖竜帝はもう以前の邪竜王とは別の存在であるという事だった。
性格も邪竜王の名残すらなく、記憶やら人格(竜格?)は完全に別物に成っており誰かにすり替えられたのではないかと疑うほどだ。
いや、このドラゴンも昔はこんな素直な性格だったのかもしれない。
聖竜帝は【竜語完全理解者】でちゃんと話せたので訊いてみると、邪竜王時代の記憶はほとんど失っているそうだ。
――残念ながら、約束した世界神樹の情報も含めて。
本当かどうかは分からないが、ここ一週間観察した限りでは暴れることもないし言うことを聞かないなんて事もない。
邪竜王とは比べ物にならないくらい素直だった。
正直言って聖竜帝を討伐してしまうのはもったいなく感じてしまうほど。
しかし、元は国殺しであることは変わりない。
この世界の人々からすれば邪竜王は恐怖の対象で討伐するべき相手なのだ。
今まで多くの人が奴に食われ、たくさんの国が滅ぼされた。それも当然だ。
だが、ラーナの手によって浄化され心変わりして進化して別人(別竜?)に成ってしまった聖竜帝をどうするか。少々その処遇に困ってしまった。
そこで実際国殺しにトドメをさしたラーナに処遇を任せることになった。
ラーナは【竜語完全理解者】を持っていないので聖竜帝の言葉は分からない。
なのでオレが今までの経緯と聖竜帝の話を纏めて報告し、討伐するかの判断を任せた。
そしてラーナの答えは、『別竜に成ってしまったのなら邪竜王は討伐出来たと同じことです。聖竜帝がシハヤトーナ王国に害をなさない限り討伐する必要は無いでしょう』だった。
つまり無罪放免。
こうして聖竜帝は要観察対象ではあるものの、シハヤトーナ王国の守護竜として城塞都市サンクチュアリに就任することになった。
普段は外壁のそばで日光浴をして過ごし、今ではいつの間にか子どもたちのアスレチックになっている。
子どもたちが聖竜帝によじ登る光景は最初見たときは度肝を抜かれたけれど、「絶対に子どもたちに危害を加えるんじゃ無い」と命令しておいたので、パスが再び途切れない限り大丈夫だと思う。落っこちても平気なように下に毛皮マットも敷いたしね。
聖竜帝はその場から動けなくなってしまったが、まあ聖竜帝の出番は今のところ無いのでとりあえずおとなしくしていてくれるならなんでもいい。
だが、オレが近づくと「マスター、マスター」と言いながら頬ずりしてくる癖はやめさせないと。
懐いてくれるのはうれしいが、その巨体でアレをやられると毎度ヒヤリとするんだよ。
次にラーナの【聖女】について。
ラーナの話では子どもが生まれ、知らせを聞いた町中の人々大いに祝ってくれた時に【王】がレベル100に成り、突然進化したのだという。
実は【王】は特別職業の中では珍しく進化する職業なのだとラーナは言う。
【王】は国が発展するほどレベルが上がっていき、一定の国力を持つと自動的に進化するらしい。
それも【王】が管理する国の発展する方向によって進化する職業が異なるとの事だ。
例えば、宗教国家なら【教祖】や【教皇】などに。
例えば、複数の国家の支配者なら【皇帝】や【帝王】などに。
他にも【魔導王】や【緑森王】など。様々な、その国の独自性にあったジョブに進化する。
「ですが、【聖女】という職業は聞いたこともありませんでした」
しかし、ラーナからしても【聖女】という職業は始めて聞いたらしく、どうして【聖女】に進化したかも分からず困惑しているようだ。
子どもたちに祈りの指導をした影響かな?
そもそも【聖女】は国のトップの職業で良いのだろうか? しかし、今までと同じく【王】の能力は使えるとの事なので【王】系の職業であることは間違いないようだ。
ラーナが【聖女】とかぴったりの職業だなと思っているのは内緒である。
さて、最後にお待ちかね、オレとラーナの赤ちゃんの話だ。
赤ちゃんを生んだその日に国殺しと恐れられたドラゴンを討伐してしまった逞しい聖母ラーナから生まれた子は、とても元気な男の子だった。
母子ともに健康そのもの、ラーナも産後とは思えないほどパワフルだった。
どれも職業のおかげらしい。改めて職業の偉大さを思い知った。
生まれたばかりの子は、小さな体のラーナから生まれたために当然小さく、両手を広げれば収まってしまうほどしかなかった。
ラーナから子を受け取って落とさないよう、そして怖がらせないようにしっかりと抱きあげる。
この子が自分とラーナの子だと思うと自然と笑みがこぼれた。
そばに居たラーナと目が合い、どちらともなく笑い出す。
「ハヤト様、私幸せです」
「自分も、とても幸せな気分です」
肩を寄せ合い共にベッドへ腰掛ける。
「ハヤト様。この子の名前、決まりましたか?」
ラーナが覗き込むようにして聞いてくるので頷いて返す。
そう、今日はこの赤ちゃんの名前を決める。
またしても重要な名付けの機会をいただいてしまったオレは一週間かけてラーナと相談しながら三つの候補まで絞り込んだ。
以前国名を決めたときはラーナが候補から選んだので、ここから先はオレに選んであげてくださいと言ってラーナは待っていてくれた。
「はい。この子の名前は“セトル”。シハ王国語で真の王を意味する“トル”、そして“セ”はサンクチュアリの聖の意味があります。サンクチュアリで始めに生まれた自分とラーナの子にぴったりの名前かと思います」
赤ちゃんの名はセトルに決めた。
真の【王】であるラーナとサンクチュアリの結界を構築する自分。
二人の子であるという意味が籠められている。
親の名前から取るのはシハヤトーナの時に使ってしまったので今回は少し捻った感じだ。
「ふふ。ハヤト様なら“セトル”を選ぶ気がしていました。予想通りです。ふふ、――セトル、私がお母さんのラーナですよ~」
「おっとラーナ抜け駆けですよ。――セトル、お父さんのハヤトだぞ~」
ラーナも相談していたときからセトルの由来を聞いてたいへん高揚していたのですぐに受け入れてくれた。
しかしラーナ、セトルを名前呼びするのは名付け親のオレが先で……まあ、いいか。
これからもたくさん呼ぶことになるのだから、誰が先とか細かいことはいいだろう。
しかし一週間考え抜いた名前を先に使われてしまったのはやはり悔しかったのでオレもセトルセトル言いまくった。
「あ、見てくださいラーナ、セトルが目を開けていますよ!」
「まあ。可愛い目。私と同じブルーサファイアの目です。綺麗な瞳ですね…」
生まれて一週間、今まで一度も目を開けたことがなかったセトルがうっすらと瞼を開いていた。
そこにあるのはラーナと同じブルーサファイアの瞳。
髪もラーナと同じ金髪なので将来きっと母親に似て美男子に育つだろう。
目を開けてくれたのは自分とラーナが呼びかけたからかな?
「この子もきっと自分のことを呼んでくれているってわかったのかもしれませんね」
「ハヤト様と私の子ですもの、きっと賢い子ですわ」
最初はどうなるかと思った何も無い異世界生活。
しかしその数ヵ月後には可愛い嫁を貰い、一年後には子宝に恵まれた。
きっとここはもっともっと発展していくだろう。
幸せがたくさん生まれていくに違いない。いや、そうなるようがんばろう。
セトルという小さな命を見て、ラーナを見つめた。
ああ、大切な人たちを守り抜くために今後もがんばろう。
――第二章 “王国の産声”偏――
-完-
第二章 “王国の産声”偏 無事完結しました!
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ありがとうございます! ありがとうございます!
明日は幕間を一話入れて、9月6日から第三章をスタートさせる予定です。
今後も読んでくださったらうれしいです! 応援もよろしくお願いいたします!
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作者、完結までがんばる所存ですが、皆様の応援があるとやる気が燃え上がります。
 




