第三十七話 竜王をお持ち帰りしている場合ではなかった
第二章も残すところ三話。もう少しだけ続きます。
「これが隷属化された感覚かのう。新感覚よ、長き時を過ごしてきたが誰かに操られるのは初めての経験よ」
「隷属化したのによくしゃべるね。洗脳と言っていたわりに自我が残っているのかい? というかなんで楽しんでいるんだい?」
黒き邪竜王との戦いの末、オレはエビルキングドラゴンの抵抗魔力を吸い取り、隷属化することに成功した。
何やら繋がりが出来る感覚がある、囁きによるとこれは隷属化したパスだそうだ。この繋がりが途切れない限り隷属化した相手は従順だとのこと。
「当然よ、我は邪竜王故な。そこらの獲物なら自我ごと操ることも可能なその妙技でも、完全に御しきれるほど我は甘くないわ」
「…なるほど」
相手が超強力な固体だと上級職業では完全に操るのは難しいのか?
しかし、意識は残っていてもオレに逆らうことは出来ないようだ。
さっきまで暴れていた竜王も、オレが「おとなしくしろ」と言ったら素直に命令にしたがっていたし、完全に効いていないというわけではない。
オレに攻撃は出来ないし、サンクチュアリを襲うなんてもちろん出来なくしてある。
今後は戦力として使っていきたいが、そこらへんは要検証が必要かもしれない。
「よし、戦闘も終了したし、帰ろうか」
「ぬ? 我は動けぬぞ、誰かさんが魔力を吸い尽くしてしまった故、飛ぶことも出来ん。移動するなら魔力を返すがいい。それとうっとおしいこの土の檻を解け。我は今ハヤトに隷属されている身、襲うことは出来ぬ」
「…そうだね。拘束は解いてもいい。しかし魔力を返すのはダメだ。というよりドラゴン殿より吸い取った魔力は全部『大地掌握』を強固にするために使ってしまったから無いよ」
まったく、どれだけ力があるんだか。暴れる邪竜王を押さえ込むために『大地掌握』に注ぎ込んだMPは軽く六桁に達した。こんなに大量の魔力を消費したのは初めてだったよ。
「何!? 我の膨大な魔力を全部使い切ったと言うか!?」
「ああ。誰かさんが暴れるからね」
魔力を全消費した事実にドラゴン殿の目がこれでもかと開かれた。
驚愕しているらしい。
しかし、帰るとは言ったがこの邪竜王を持って帰ってもいい物だろうか?
本当に暴れたりしないか?
まあその時は責任持って討伐すれば良い、かな。
隷属で行動制限受けているみたいだし、てこずる事は無いだろう。
とりあえず警戒をしつつ『大地掌握』を解除する。
「何やら不穏なことを考えてはおらぬか?」
「いや何も考えていないさ? さて、これで動けるだろう。走って帰るぞ」
「待て待て、さすがに魔力が空っぽでは不自由だ。倦怠感でまとも動くこともままならん。魔力の返還が出来ぬなら、せめて多少回復するまで休ませよ」
「休ませるって、どのくらい?」
「そうさの、陽が二回上れば十分よ」
「ダメ」
「何故か!?」
だってラーナと約束したし、素早く片付けて戻るって。二日も待っていられないから。
ドラゴン殿に「歩いて」と命令して帰ろうとすると、確かにドラゴン殿はふらふらだった。
魔力が完全に空になったことは無いが、このようにすごい倦怠感に襲われるらしい。
仕方ないのでドラゴン殿は『山積運搬』で背負って帰ることにする。
手放した“竜頭楯”を回収してドラゴンを持ち上げてみるが、鎧が邪魔だったので勇者装備一式を『空間収納理術』に収納して再度持ち上げる。
うん、あまり変わらなかったな。
超重量級で前住んでいた屋敷並みの巨体を持つドラゴン殿であったが、三大伝説職業に加え数多の上級職業に覚醒してステータスが高次元に届いているオレの手にかかれば…、少し重いな程度の感覚で済む。
我ながら、ちょっと人間やめてきているなと感じてしまう。
「ちょ!? やめよ、引きずってる、とても引きずっているぞ! 持ち上げられてないぞ貴様! それ以前に持ち上げるな! 不敬だぞ、我は竜王だぞ無礼者!」
上で何か叫んでいるが『山積運搬』でもはみ出てしまうほど巨体なドラゴン殿が悪いと思う。
そもそも人間の小さな身体でこの質量を持ち上げるということに無理があったようだ。
しかし、オレは出産を間近に控えたラーナと一秒でも長く一緒にいたいので、ドラゴン殿には引きずられるくらい我慢してもらおう。
大丈夫、ドラゴン殿の甲殻は頑丈だとオレは知っている、削られたりはしないって。
割と距離が離れており、しかも超重量級の荷物を背負っていたため帰るのに時間がかかった。
サンクチュアリの外壁前に到着したときにはもう日はどっぷり暮れていた。
これではみんな寝静まっていることだろう。
「ぐぬぬ。掘削される鉱山の気持ちを味わったわ」
大げさな、甲殻ほとんど傷付いていないくせに。とりあえずブツブツ文句を言うドラゴン殿に深夜であるため「うるさくしないで」と命令しておとなしくさせておく。
結界内には音は届かないけれど念のため。
というより、途中でこのドラゴン置いて着たらよかったのではないだろうか?
別に急いで持って帰る必要は無かった。その辺に放置して翌日取りに来ても良かったかもしれない。
そうすればオレ一人、日が暮れるより前に帰れたのに。失敗したな。
オレが軽く後悔していると、外壁の上に立つ人影が見えた。
「ハヤト様?」
「え? ラーナ?」
月明かりに照らされ、金髪が淡く煌くその人影はオレの最愛の人、ラーナだった。
「なんで、こんなところに? いえ、そんなことより、危険ですよラーナ。せめて結界内に入ってください」
「結界に入ったら声が届かなくなってしまうではないですか。私とても重要な話がありまして、少しでも早くハヤト様にお伝えしたいのです」
外壁から身を乗り出して結界から顔を出すラーナが朗らかな表情で言ってきた。
その行動と表情から、とても良いことがあったのだと分かる。――え? まさか。
オレは一瞬で外壁に上るとラーナの前に着地する。
そこで驚くべき光景を目にした。
「ら、ラーナそのお腹」
「はい。ハヤト様がご出発されてすぐ陣痛が来まして」
ラーナの臨月のお腹がすっかり元に戻っていた。――つまり。
「男の子でしたよ。それはそれは元気に泣かれていました」
「おおぉぉ―――っ」
オレが居ない間に出産が終わっていた事実と、無事に男の子が生まれた衝撃に頭が許容限界をオーバーして変な声が出る。
やばい。こんなときラーナになんて声をかければいいんだ? おめでとう? それともありがとうと感謝を告げるべきか? ラーナを見ればオレの言葉を待っているかのように上目遣いで見上げてくる。くっ、分からない、どうすれば。いや、変に考えるのはよそう。今感じているまま伝えよう。
「がんばりましたねラーナ。お、お疲れ様でした。とっても、うれしいです。その、体調は大丈夫なんですか?」
我ながら言語力が小学生並みに落ちていると思う。しかし、ラーナはそんなオレの言葉を受け止めて花が咲くように微笑んでくれた。
「ふふふ。ありがとうございます。少し疲れましたけど王族はとても安産ですからすぐに生まれて、なんだか未だに実感が薄いんです。さっきまでお乳を飲んでいたのですが、今はぐっすり寝ていて。私は気分が高揚してしまって寝付けなかったので、産婆さんとルミに任せて散歩に出させてもらいましたの。なんだかハヤト様が帰っている気がしてここまで足を運んでしまいました」
そしたらハヤト様に出会えて、本当にうれしいです。そう締めくくったラーナをオレは迷わず抱きしめた。
その体はとっても華奢だった。
ラーナは今15歳。しかも妊娠中のこの数ヶ月は成長がほぼ止まっていた。
こんな小さな身体で赤ちゃんを産んで、大変だったろうに。
本人は大丈夫と言っているけど、出産がそんな簡単なものじゃないと男のオレでも分かる。
これからたくさん労わってあげようと心に決めた。
とにかくこんな場所ではなく、ちゃんと休める場所に行こう。
そして生まれた子を見せてもらおう。
出産に立ち会えなかったのは残念だったし、ラーナにも悪いことをしたが、腕の中で幸せそうに微笑むラーナはとても満足そうであまり気にしていないようだ。
しかしオレの気がすまないので、今後たくさん労う事で返していこうと思う。
ラーナをお姫様抱っこすると羽みたいに軽かった。
赤ん坊がお腹に居た時はしてあげられなかったためか、久しぶりのお姫様抱っこにラーナがとても嬉しそうだ。
首に手を回して抱きついてきて、オレも嬉しいです。
「ふふ。私、今とっても幸せです。愛していますハヤト様―――んっ」
愛の告白と共にオレの頬にラーナのキスが贈られた。
それだけでオレの心はラーナに首ったけになった。
もうラーナの事以外何も考えられなくなって完全に気が抜けた、その瞬間。
――背後から無粋な奴が放つ魔力が爆発的に増え、オレと繋がるパスが途切れた。
誤字報告ありがとうございます(ほぼ毎日)m(_ _)mぺこり
自分の眼の節穴度がわかる。昨日の自分よ、なぜブレスをブロスと書いて気づかなかった!? 二度も確認したはずでしょ昨日の自分!?
はい。読者様とってもごめんなさい。誤字報告本当に助かっています。
これからも読んで、そして楽しんでいってくださるとうれしいです。m(_ _)mぺっこり
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作者、完結までがんばる所存ですが、皆様の応援があるとやる気が燃え上がります!
 




