第三十三話 スタンピード食らい現る
そいつが襲来したのは突然のことだった。
いつも通り、ラーナの部屋でお腹の子談議に花を咲かせている最中、とてつもない強烈な気配を感じ取った。悪寒が体中を駆け巡り一瞬で警戒心がマックスまで高まる。
「ハヤト様、いかがされたのですか?」
突然硬直したオレを見てただ事でないと感じ取ったラーナが心配そうな顔で言う。
いけない。ラーナを不安にさせるなんて。
張り詰めた気をゆっくり解きほぐしラーナに向かって不安を和らげようと笑顔を作る。
「何か、あったようです。ですが安心してください。ちょっと出かけてきますが素早く片付けて戻ってきますから」
「…本当に大丈夫なんですね?」
「もちろんです」
「わかりましたわ。ハヤト様…、気をつけてくださいませ」
「ありがとう。では行ってきますラーナ」
ラーナのおでこに軽くキスをして、オレは勇者装備一式に素早く着替え、サンクチュアリを飛び出した。
「この気配は一体? 闇を凝縮したように強大な…」
まるで闇の世界そのものが浸食してきているような、そんな悪寒が身体中を駆け巡っている。
しかし、『長距離探知』に感無し。
つまり『長距離探知』でもつかめないほどとても遠くから気配だけは強大な何かが迫ってきている。
これほどの強大な気配は初めだ。魔物なのか、それとも別の要因か、今のところ分かるのは、『長距離探知』でもつかめないほどの距離に居ても分かるすさまじいプレッシャーを放つ相手がここに向かってくるということだ。
とにかく、こうしていても見えなければ仕方が無い。
オレは探索に出るか、フォルエン王国に出向き情報を集めるか迷ったものの、探索に出ることを決断した。
元シハ王国王都跡地を超え、さらに徒歩四日くらいの距離まで行くと、ようやくその姿が見えてきた。
スタンピード。
それもここ最近の小規模なものではなく、『魔眼』によれば推定十三万に上る大群だった。
だが、これくらいなら別にアレほどの悪寒がするほどではない。
このスタンピードには何か居る。
その確信があった。
注意深く『魔眼』を光らせていると、いた。
――スタンピードの最後方。
なにやら黒く蠢く巨体が強烈なプレッシャーを放っている。
それと同時に今気が付いたが、スタンピードが少しおかしい。
これまでみたいに飢えて考え無しに進むような魔物の軍勢ではなく、何かに追い立てられるかのようにがむしゃらに走っているといった感じだ。
その答えもすぐに分かった。
スタンピードの後方にいる強大な魔物がデカイ口を開けたと思ったら、近くにいた魔物に食らいついた。
しかも一匹二匹ではなく数十数百単位でどんどん飲み込んでいっている。
なんだあれは? まるで掃除機のようだ。
どうやらスタンピードはアレに追い立てられているらしい。
「ステータスは…遠すぎて見辛い、けどなんとか見えそうかな? ん、“邪…竜王…スタンピード…喰らい”? レベル…百? レベル100だって!?」
“エビルキングドラゴン・暴走喰らい”LV100。
そこには確かにそう表示されていた。
ドラゴン種の成竜、しかもレベルが100ともなるとこのプレッシャーも分かる。
ドラゴンとの邂逅は二度目だが、この世界に来た当初倒した“グリーンドラゴン・幼竜”とは比べ物にならない強さと大きさだ。
そいつは漆黒の体表を持ち、一戸建ての家を遥かに超える巨大な体格、首は長くそれが振るわれただけで数十匹の魔物が宙を舞う。
巨大な口はオレの身体どころか、体長三メートルを越すオーガすら丸呑みにしてしまうほど大きい。
“エビルキングドラゴン”が城塞都市サンクチュアリに到達すれば、間違いなく外壁と結界は砕かれ、一瞬で町はめちゃくちゃに粉砕されてしまうだろう。
その確信があった。
レベル100。
元々魔物のレベルは補正値が強大だ。
ラーナの話では、魔物は職業補正やアーツ、魔法などが使えない代わりにステータスに特化しているという。
しかもその種族によって補正値が変わり、ドラゴン種ともなれば、その補正値は魔物の中でもトップクラスと言われている。
スタンピードの魔物が十三万も数が居るのに、反撃一つせず必死に逃げている光景を見れば、そいつがどれだけ理不尽な存在か分かると言う物だ。
「進行速度は普通のスタンピードの倍、いやもう少し早いか? このペースで進行してきた場合、ほぼ一日でサンクチュアリに到着してしまうかもしれない」
スタンピードの魔物は必死に逃げに徹しているため進行速度はいつもの何倍も速く、ここまで距離が離れているのに一日くらいしか猶予が無い。
ドラゴン自体たぶん移動速度は速い。
背中には巨大な翼があるため飛べばたいした時間もかからずサンクチュアリに到達するだろう。
絶賛食事中のドラゴンはスタンピードの速度に合わせて進行中だが、いつ気が変わってサンクチュアリに向かってくるかも分からない。
どうする? 連絡に向かう時間すら惜しい。
それと同時に思う。
正直これはフォルエンの手に余るだろう、と。
並みの超越者が相手でもたぶん倒せない。
それほど強力で強大な相手だ。
トップクラスの魔物、それもドラゴンでレベル100という見たことも無いバケモノだ。
おそらくレベルはカンストしているに違いない。
察するに、この個体はこの世界で最強の生物なのではないだろうか。
何故今、こんなのが現れるんだ。
理不尽だ。
この世界は本当に過酷で、残酷だ。
こんなドラゴンを通せば、間違いなく人種は全滅する。
シハヤトーナも、フォルエンも、等しく滅びるだろう。
人類がかなわない最強最悪の存在だ。
たぶんだが、オレがこの世界に来なければ、近日中にこの世界は滅びていたに違いない。
何とかできるとしたら、たぶんオレだけだ。
思わずため息を付いた。
「この世界は理不尽が多い。人が簡単に死ぬ。国だって簡単に滅びる。ラーナだって最初助けられなければ…、それに子どもたちだって…、そして最後はこれなのか…。ねぇ、スタンピード。君たちは何故人に襲い掛かってくるんだい? もっと静かに暮らせないのかい? オレは幸せに暮らしたいだけなんだ」
口から不満が漏れ出す。
「もうすぐ父親になるんだ。日本に居たときは浮いた話一つ無かったのにさ。ここは大変だけど、オレを慕ってくれる子がたくさん居るし、オレと結婚してくれたラーナが居る。だから今更元の世界に返りたいとか言わないさ。ここで一生を過ごしたいと思うよ。でもさ、それにはスタンピード、君がとても迷惑だ」
理不尽の権化に宣言する。
「だから、オレが居ないところでやってくれ。オレが何とかしないと多くのお人が死ぬとか、国が滅ぶとか、果ては人類滅亡するなんてやめて欲しい。でも、オレが何とかしなくちゃいけないんだろう? わかった、わかったよ。決めた。もう決めた。スタンピードよ、オレが宣言する。これ以上ちょっかいかけて来るなら人類が滅びるより先にオレが魔物を滅ぼしてやる」
こんなことを言い出したのは、たぶんオレは父親になるから。
我が子には、そしてラーナには、安らかに、そして幸せにすごして欲しい。
だから覚悟しよう。
何故か強力なジョブを何個も覚え、この世界の人類では到達し得ない理術位階に覚醒し、何故か最強の力を得てしまった平凡なクラフトマン。
だけど、家族のためならがんばれるさ。
平凡なクラフトマンでもやるときはやるさ。
スタンピードを滅ぼしてくれる。
そう決め、そう覚悟した。
手始めにこのスタンピードを滅ぼそう。
手こずりそうなのは一匹の竜だけ。
ならあいつをまず真っ先に倒そう。
オレは『空間収納理術』から予備のランスを取り出して構えた。
まずは一撃。アーツの中でも最も長い射程と威力を誇る一手。
「―――『彗星槍』!!」
作品を読んで「面白かった」「がんばれ」「楽しめた」と思われましたら、ブックマークと↓の星をタップして応援よろしくお願いします!
作者、完結までがんばる所存ですが、皆様の応援があるとやる気が燃え上がります!




