第三十二話 平和な時の流れに
シハヤトーナ王国が建国されてから幾分かの月日が流れた。
シハヤトーナ王国、城塞都市サンクチュアリは日進月歩で拡張を繰り返している。
外壁を崩し、城塞都市を広げて外壁をまた立て直す。
なぜそんな事を繰り返しているのかというと、サンクチュアリの住民が少々増加したためだ。
今まで孤児二千人にオレとラーナしか居なかったサンクチュアリ。
前々から大人の手が欲しいと思っていたので、フォルエン王国から人手を貰うことにしたのだ。
仕事は主に子どもたちの面倒を見てもらう事、衣食住は保証するが移住は希望した人に限る。
ただしサイデン補給隊長が言っていたみたいな、孤児を邪魔者と思っているような人は来させない、または来ても返還すると言う条件で。
これはラーナとよく話し合い、決めた結果だ。
というより、きっかけはラーナの妊娠だった。
ルミががんばって【助産見習い】に覚醒したと言っても不安はある。
出来れば助産婦のスペシャリストが欲しかった。
そこでイガス将軍に相談したところ、フォルエン王国には様々な国から流れてきた人材が豊富にいるとのことで、ラゴウ元帥を超越者にする依頼の報酬として、助産婦だけでは無く、様々なことに精通した人材にサンクチュアリへ来てもらうことになった。
結果、移住したいと数千を超える希望者が集まったそうだ。
そこから条件に合う者を見定め、腕の良い者、性格がおだやかな者、シハ王国語がちゃんと通じる者など、オレが面接して百人程度の人に少しずつ移住してきて貰うことにした。
あまり大きな声では言えないが、フォルエン王国には避難民が集まって非常に多くの人材がいるのだけど、やはり外国人ということで仕事に就くことが出来ない人というのは多いという。
そういう意味で彼らからしても願ったり叶ったりというわけで、いろんな人を連れてきては紹介してくれた。
しかし、サンクチュアリの受け入れ体勢が整っていないため、都市を拡張しては施設や住居、畑を作りまくっているというわけだ。
ちなみに移住を希望してくれた人は全て女性だ。
男性は軍が強制的に軍属にするため手放すことはできないと言われた。
オレとしても子どもたちとフォルエン軍との確執は未だに溶けていないので仕方ないと思っている。
また、仕事が出来れば性別年齢は関係なく募集しようと考えていたのだが、面接の最中、若い子はやたらと舐めるような性的な視線を送ってくる人が多く、そういう人はトラブルの原因に成りかねないので全て落とした。
そういえば以前フォルエン王国の女性は男性を取り合う肉食系だとラーナが言っていたっけ。
子どもたちに悪影響になりそうだし、やはり落として正解だったと思う。オレはラーナ一筋だ。
あと、イガス将軍から引き受けていたシステリア第三王女も受け入れも延期している。
これはラーナが妊娠期間に入り、あまりストレスに成りそうなことは避けようというイガス将軍の配慮だ。
受け入れはラーナの出産後ということに変更された。
その代わり、フォルエン王国が陥落しないよう、スタンピードの時は手を貸すという依頼を受けた。
それとラゴウ元帥の配下の兵を幾人か育成して欲しいという依頼も受けている。
こちらとしてもフォルエン王国とは今のところ良き隣人でありたいと思っているので戦力増強に協力するつもりだ。
もちろん報酬はたっぷり頂戴するつもりだけどね。まだまだサンクチュアリには物資が足りなすぎる。
「これからは衣類、食料品を中心に、とにかく数を用意して貰いたい」
「分かっておりますわ。生活用品も必要ですわよね?」
「そうだな。余裕が出てきたら彼女たちの仕事道具も高品質の物をそろえて欲しい」
「かしこまりましたわ」
住人が増えるため王家御用商人のミリアナ会長に商品の希望を告げる。
食料や小物はどうしても手が足りず、ハンミリア商会に頼っている現状だ。
それに伴い、資金もワイバードだけでは足りなくなりつつあったため、新たな交易品を用意できないかと、色々と試作品を持ち込んだところ、いくつかの商品を国を通さずハンミリア商会が専売にしたいと契約を持ちかけてきたのでそれを受けた。
これで資金の心配はしばらくしなくて済みそうだ。
ハンミリア商会もオレが持ち込む上級職業をフル活用して作った高級品にご満悦のようだ。
いったいアレがフォルエン王国内でどれほどの値段に成るのやら。
原価は魔物素材なのでゼロなのだけれど、契約の時に見た金額はゼロがたくさん付いていて驚いたものだ。
どうやら魔物素材は加工が難しく、高級品になりやすいらしい。
サンクチュアリにはうれしい福音だ。きっとラーナの祝福のおかげに違いない。
話を戻そう。
移住してきた人はその多くが三十代、四十代女性だ。
そうならざるをえなかった。若い子の目が怖すぎる。
皆フォルエン王国人ではなく、どこからか避難してきた外国人らしい。
すでに子を抱えている人も多く居たので、そういう人は子どもも一緒に来て貰っている。
この国唯一の男のオレを見る目もだいぶ柔らかい。
これならラーナがストレスに感じることも無いだろう。
彼女たちには子どもたちの世話を頼んだ。
主に食事や風呂、小さい子の面倒など。
お給金は出せないけど、そのかわり彼女たちには衣食住を保証し、住む家は今後そのまま使って良いと提供してある。
金を初めとした流通はまだ始まってすら居ないので、彼女たちには給料を出すことはできないと謝罪すると、「こんな立派な家を貰って食事まで保証して貰ったのだから文句なんて無いわ。しっかり働かせてもらうから」と言われてしまった。
その言葉通り、彼女たちの仕事ぶりは真面目でしっかりと熟してくれる。
不真面目な者は返還すると面接の時に言ってあったけれど、いやいややるのでは無く、自分から進んで仕事をしてくれるのはとても助かる。
紹介してくれたイガス将軍には感謝しかない。
みんな良い人たちばかりでよかった。
やはり大人がいた方が安心するね。
――子どもたちが最近、どこで覚えたのか「でっかい教会作ってー」と多くの要望を寄せてくるようになった。
多分ラーナや、移住してきた方々の要望を聞いてきてくれたのだと思う。
日本人の自分には余りなじみがないけれど、この世界には神様が実在する。
だから教会もこの世界ではメジャー、というより無くてはならないような施設だったようだ。
人が増えればこういう問題も浮上する。
要望どおりでっかい教会を作ってあげた。
ただ、何故か自分を崇める教会を作らされてしまったことは想定外だった。
あれ? 教会とは神を崇めるための施設ではなかっただろうか? オレは神ではないよ? っと説き伏せても聞き入れてもらえない。おかしいな…。
何故か自分の石像まで建てさせられてしまい、それを熱心に祈る子どもたちを見てそれ以上言うのはやめた。
見なかったことにしよう。
一ヶ月に一度襲来するスタンピードは、今のところ脅威的なパターンは来ていない。
ここ最近は落ち着いたように五万前後のスタンピードが襲ってくるにとどまっている。
本来であれば五万で十分脅威なのだが、ラゴウ元帥の『民兵覚醒』の前には五万のスタンピードも瞬く間に殲滅されていく。
戦闘も場慣れしてきた兵士は、アーツの力で要塞上から魔物を一方的に攻撃し、怪我をしたら引く。
絶対に死ぬような無茶はしないと身についている様子だ。
ラゴウ元帥の理想の形に近づいている。
“国滅の厄災”も二十年前後に一度あるかないか程度の確率らしいとイガス将軍も話してくれた。それなら少しは安心できる。
ラゴウ元帥が超越者に成ったためスタンピード五万程度では恐れるに足りない。
やはり超越者は別格の存在だ。
ただ、その時気になることも言っていた。
昔は超越者と呼ばれる存在はもっと多く存在していたらしい。
だが、今現在、その生き残りは皆無。
つまり、その複数の超越者を殺した存在がいる、と。
イガス将軍からすると上手くいっている今だからこそ身を引き締めよという訓示のようなものだったのだろう。
しかし、何故かオレの頭にはその話が深く残った。
ラゴウ元帥だが、超越者に至り、元々四十代後半だった見た目が二十代まで若返っていた。
さらに寿命を消費する『民兵覚醒』を幾度行っても老ける様子は見られないことから、兵士の間ではオレたちは神話のただ中に居るのだ! と士気向上の一翼を担っていた。
しかし、いくら若返っても不老ではない。『民兵覚醒』の回数は有限だ。
使用できなければ兵たちはアーツを使うことは出来なくなる。
そろそろ次のステージへ移行する必要がありそうだ。
「ハヤト様、今お腹の子が蹴りました。今日もとっても元気みたいです」
「ははっ。自分とラーナの子ですからね。きっと力が有り余っているのでしょう」
「ほんとうに、もう最近は日に何度も蹴ってきて、身動きしているのが分かるのです」
月日が経つのは早い物で、ラーナのお腹はすでに臨月に成るまで育っていた。
ラーナが最近は嬉しそうにお腹を摩っている様子をよく見かけるのはお腹の子がやんちゃしているかららしい。
「会えるのが本当に楽しみです。ハヤト様の子ですもの。とても凜々しく育つに違いありません」
「いやいや。ラーナの子です。とても可憐で美しく育つに違いないですよ」
「まあ、そんな――」
と、最近はお腹の子の話に花を咲かせていて、オレは最低限の仕事を済ますとラーナの部屋に通う日々が続いている。
ラーナは新しく助産婦に就任した産婆さんに運動はほどほどにと言われているため、超越者に成るためのデートは残念ながら中断している。
最近は室内デートのみで少し寂しい。
落ち着いたらまた屋外デートをしようというとラーナも笑顔で頷いてくれた。
ああ、幸せな毎日だ。
この世界は過酷だったことを忘れるくらいに。
そしてこんな幸せなときに限って、邪魔者は現れる…。
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