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終わらないスタンピード  作者: ニシキギ・カエデ
第二章 王国の産声

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第二十七話 戦勝




 スタンピード討滅。

 推定六万の魔物の軍勢はたった一日で討滅された。

 ラゴウ元帥から金色の光が溢れていったとき、要塞にいた兵士全員が【民兵】に覚醒した。


 職業の力は凄まじくステータス的には未覚醒状態の時の十数倍にまで上昇する。

 さらに魔物を倒せばレベルは上がり、高レベルの危険な魔物はオレとラゴウ元帥で処理した結果、兵士たちは一人ひとりが獅子奮迅の働きを見せる事に成った。


 夕方にはスタンピードの数は二千以下まで減り、そこから殲滅戦に移行され、日が沈む前にほぼ全ての魔物が討滅された。


 アーツによるごり押しがあそこまでの威力を発揮するとは、ラーナが『民兵覚醒』が奥の手と言っていた意味も分かる。『民兵覚醒』は五人の【王族】しか使えない、寿命の大半を対価に支払う必要がある大技だ。しかし、その対価に見合うほど強力な秘技であった。


 それを起した英雄ラゴウ元帥は寿命を対価に支払う『民兵覚醒』を使用したにも拘らず、歳を取るどころかむしろ若返った身体で堂々と勝利宣言を告げ、スタンピードとの戦いは終わったのだった。


 夜、要塞内は戦勝ムードと化した。

 大量の酒と食べ物が振る舞われ、兵士たちの喝采が響き渡る。

 オレもラゴウ元帥に祝いの言葉を贈った。


 残念ながらラゴウ元帥は多忙なようであまり話すことはできなかったが、一言「感謝する」と伝えてきた。

 また後日、改めて話す機会を設けるとしよう。



「ハヤト殿、楽しんでおられるか?」

「イガス将軍か。ああ、酒は久々だ。少し騒がしいが、たまにはこういうのも悪くない」

「ほっほっ、まあ前回が惨事じゃったからの、兵たちもこの大勝に浮かれて居るのじゃ。しかも、【王族】の祝福を身に宿した戦いじゃ、兵たちもいつも以上に興奮しておるわい」


 壁際に寄りかかり赤ワインを味わっているとイガス将軍が酒瓶を手に現れた。


「ま、一献どうじゃ? わしの秘蔵じゃ、味は格別じゃよ」

「貰おう」


 地球にいたときは赤ワインを飲むことはあまり無かったけど、この世界では酒と言ったらワインらしい。

 イガス将軍の秘蔵の酒も赤ワインのようだ。

 勧められるままグラスに注いでもらい、それを口に咀嚼して味わう。

 芳醇な香りと透き通るような喉越しの良い味がとても良い。

 さすがイガス将軍が秘蔵と言うだけある。

 地球ではあまり飲んだことが無い、飲みやすいワインだった。


「美味いな…」

「じゃろ? 元帥殿が超越者に至ったときか、王に即位したときにでも飲もうと思っていた取って置きじゃ。――ん、美味い」


 イガス将軍が自分のグラスに注ぎ、煽るように飲む。


「ハヤト殿には感謝しておるよ」

「オレは依頼をこなしただけだ」

「それが重要なのじゃ。40年前超越者の方々が死去されて以来、超越者に至った者は皆無じゃった。魔物は強い。人間より遥かにじゃ。対抗するには超越者の力がどうしても必要じゃった。国々は追い詰められ、もう残すところ我がフォルエンを残すのみ。正直言っての、どんな幸運が舞い降りたとしても10年後には人種は絶滅すると思われていたのじゃよ」


 イガス将軍は瞼を下げ、しんみりとそう語る。


「10年、残り10年じゃ。わしのような老兵は十分生きた。しかし若いものには酷がすぎる。じゃが、この危機を脱することも出来ず、希望もほとんど無い。元帥殿も死に物狂いで上級職業まで至ったが、超越者に至ることは出来ぬと思われていたのじゃ、人種が滅亡する方が早いとな」


 上級職業を育てるのは大変だ。レベル50を越えた辺りから強力な魔物を相手にしなければレベルはちっとも上がらなくなり、さらに一匹二匹倒したところでレベルが上がるようなものでもない。しかも魔物は強力だ。一匹倒すのが死闘になるほど、それを数百回超えた先に超越者がある。今回ラゴウ元帥が片付けた魔物の数は千六百匹、しかもスタンピードのさなかでだ。これはオレの結界で乱戦を防いでいたからこその結果であり、普通の人間が超越者になるには、本当に運と実力、そして時間がかかる。


「昔は超越者に至るのも今ほど難しくはなかったと聞いている。しかし、スタンピードがそれを許さぬ。上級職業を持つものは戦場で頼られ、どうしても無理をさせる。皆超越者に至る前に亡くなられる場合が多い。元帥殿は人種の存命を願い身を犠牲にする嫌いがあっての、おそらく間に合わぬと……。しかしじゃ、天は、いや世界神樹ユグドラシル様はわしらをお見捨てになられなかった。わしはの、ハヤト殿を世界神樹ユグドラシル様の御導きだと思って居るんじゃよ」


 世界神樹ユグドラシル。

 この世界の唯一神で世界の均衡を司ると言われている存在、この世界に来て多くその名を聞いた。

 この世界の人は、何か誓いを立てるとき、何かに感謝するとき、何かを懺悔する時、世界神樹ユグドラシルへ祈る。

 世界神樹ユグドラシルはすべてを見ていて、すべての思いを受け止め、人々に祝福を与える存在と言われている。


 イガス将軍はオレのことを世界神樹ユグドラシルの導きと言った。

 オレをこの世界に呼んだのは世界神樹ユグドラシルなのか?


 そんな考えが頭をよぎるが続くイガス将軍の言葉でその思考は中断された。


「ハヤト殿に折り入って頼みがある、システリナ様を引き取ってはくれないかの?」

「……その話はお断りしたはずだ。オレにはすでにパートナーがいるとお伝えしたはず」


 確かシステリナというのはフォルエン王国の第三王女でラゴウ元帥の妹に当たる方だったはず、オレにはラーナという最高の妻がいるので、押し付けられるのは勘弁だ。


「ならば婚姻はしなくてもいい。そばにおいて置いてくれるだけでよいのじゃ。これに関してフォルエン王国からシステリナ様を引き合いに出した要請はしないと約束する」


 それを聞いてイガス将軍の真意を測りかねる。

 直訳するならば、それはつまり、城塞都市サンクチュアリに引越しさせて欲しいということだが、そんなはずはないだろう。

 人質か、それとも友好を示すため?


「…何か事情があるのか?」


 考えても、政治に携わったこともほとんどないオレにはよく分からなかったので直接聞いてみる。


「なに、単純にあの子には無事でいて欲しかっただけよ」


 そこで一度言葉を止め、くいっとワインを煽ってからイガス将軍はまた語り始めた。


「実はの、システリナはワシの姪なのじゃ。あの子には生きていてもらいたい。ワシのわがままじゃ。しかし今のご時勢、最も安全なのがハヤト殿の側なのじゃよ」

「姪…。確か【王】に至るのは……」

「そうじゃな、ワシの妹が現国王の后に当たる。システリナは高齢の国王が作った最後の子じゃ」


 その話に驚いた。

 聞けば、イガス将軍はフォルエン王国でも重鎮で公爵家の現当主とのことだ。

 そういえば、王女を差し出すとか、将軍とはいえ平民が決めていいことではない。

 重鎮であり親族である方ではなければ出来ない話だったと今更気がつく。


「フォルエン王国は元帥のお力で持ちこたえられるじゃろう。しかし、なにがあるかは分からん。最も安全な場所に姪を預けたい。そんな老いぼれのただの願いじゃ。元帥も何度も『民兵覚醒』を使えるわけではない。あの子がフォルエン王国に残ってもスタンピードの戦いで寿命を燃やされるじゃろう」


 イガス将軍にはお世話になっている。

 しかし、こんな話をされても困ってしまう。

 現在の城塞都市サンクチュアリはようやく設計の第一弾が終わったばかりの言わば田舎町。

 ほぼ子どもしかいない町で、仕事は多く、【王】であるラーナですら忙しい毎日を送っている。

 王女さんを引き取ったとしても働かざるもの食うべからずな町なのだ。

 そうイガス将軍に伝えると、


「心配ない。システリナはその程度のことで文句などいわん。手先は器用なほうじゃし、しっかり者で仕事はちゃんと熟すタイプじゃ。それにすでに文官として大いに活躍していると聞く。存分に働かせたらええ」


 王女でも扱き使っても構わないという答えに少し困惑する。

 いや、ラーナも元王女だ、少し手伝ってくれるならそれは助かる。

 オレはこの世界にはまだまだ疎いし、フォローしてくれる人が増えるのは歓迎だ。

 問題なのはオレが嫁に迎えるつもりは無いという点だ。


「本当に、嫁に迎えなくても良いのか? 引き取るだけで構わないと?」

「うむ。このご時勢、夫婦と成れること事態が希少じゃ。たとえ結婚できなくても生きていて欲しい。それだけでええ。フォルエン王国でももう嫁ぎ先もないしのう」


 城塞都市サンクチュアリはフォルエン軍にトラウマに近いものを植えつけられている。

 しかし、王国の女性なら受け入れても大丈夫だと思う。

 王女を引き合いに出した要請はしないと約束してくれたし、受け入れても良さそうに思える。ただラーナにも相談しておこう。

 ラーナが嫌がれば受け入れはしない。


「今すぐ結論は出せない。しかし、前向きに検討しよう」

「おお! そうか、それは重畳じゃ、ほれハヤト殿、グラスが乾いておる、これを飲むんじゃ」

「ああ。ありがたい。――ん、…ふう。しかしシステリナ殿下は受け入れるが、他の…例えば避難民などの受け入れは出来ないぞ、城塞都市サンクチュアリはまだ稼動したばかりなんだ」

「ほほ、そんな寝ぼけたことを王都の奴が言って来たらワシに伝えよ、シバいてやるわい」


 イガス将軍は本当に姪っ子の無事を喜ぶように笑い、取って置きの酒がなくなるまで酌み交わした。





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[一言] つまり王都は危険だ、と。
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