第十二話 謝礼品
フォルエン王国は大陸の最南端に位置する国だ。
北から南下してくるスタンピードから一番離れた位置に在るため今までは難を逃れ、現在は人類最後の砦と成っている。
スタンピードが始まった当初から避難民や流民の受け入れを行ってきたため治安は良くは無いが富を多分に含んだフォルエン王国は、避難民のもたらした富を使い、来たるべき日に供え国境に大陸を分断する大きな要塞を建設した。
それがフォルエンの大壁。
フォルエン王国の国境沿いに東の海から西の海までを横断し、これまで魔物の侵入を防いできた。
魔物は大食らいでその辺に生えている雑草から木々、家畜や人、果ては国まで食べ尽くしてしまう。魔物が通った後は荒れ果て、植物が非常に生えにくい土地になってしまうのだ。
しかし、フォルエン王国が初期から計画した徹底的な国防処置のため国内の動植物は魔物の被害から逃れることが出来た。
元より国内に居た魔物は徹底的に淘汰され、フォルエン王国は緑溢れる土地を維持することが出来るようになる。それを利用し、農業大国へと発展していった。
他の国がスタンピードに襲われ、作物も植物も全て魔物に食べられても、フォルエン王国からもたらされる食料で戦えるようになった。
それによりフォルエン王国へスタンピードが到達するのが今日まで掛かったとされている。
フォルエン王国はスタンピードとの戦いに、そして人類の存命における戦いの最大の貢献国と言われる所以だ
オレが知っているのはラーナに教えて貰ったこのくらい。
しかし、最初の印象の悪さが邪魔をしてあまり信用できない情報だなと思っていた。
だが、ラゴウ元帥の話とこの緑溢れる光景を目にしたら、少なくない実感が沸いてきた。
「素晴らしい光景…だ」
「ほほ、フォルエン王国はワシらの自慢じゃ。この国が豊かだからこそ、外の荒野を知っているからこそ、スタンピードと戦う気概を保てるのじゃ」
思わず口から出た感想にイガス将軍が目皺を深めて笑顔になる。
なるほど、人類が追い詰められ、最後の砦になっても諦めないその心はこの光景から来ているのか。日本に居たときはありふれた光景だったけれど、この世界に来て三ヶ月、ずっと荒野しか見ていなかったオレの眼にこの光景は眩しく映った。
しばらく無言で見つめるオレをイガス将軍は何も言わず待っていてくれた。
礼を言い、イガス将軍に案内を求める。
程なくしていくつかの巨大な倉庫が建ち並ぶ一角に行き着いた。
ここに軍の物資が入って居るのだろう。
倉庫の一棟にイガス将軍が入っていき、近くに居た兵を呼び止める。
「補給隊長はいるか?」
「こ、これは将軍殿! はっ、隊長は現在貴賓室におります。客人をお待ちとのことでした! 案内いたしましょうか?」
「うむ。ご苦労。しかし案内はいらん、自分で行けるでな。――さ、ハヤト殿こちらじゃ」
かしこまりすぎて礼をしたまま硬直する兵を置いて、イガス将軍が倉庫を我が物顔で案内してくれた。どうやらここの内装は全て頭に入っているようだ。
「ここじゃ。――イガスじゃ」
「どうぞ」
端の方にある少し豪華な作りのドアを開け、イガス将軍が中に入る。
中に居たのは細身の老人だった。この人が補給隊長だろうか。
「忙しいところすまんのサイデン」
「全くだ。スタンピードの後で補給隊がどれほど後始末に追われているか分からない貴様ではあるまいに」
「それほどの大事じゃ。今回のことは貸しにでもしておいてくれ」
「ああ、わかった。客人はそちらか…」
「うむ。勇者の【超越者】ハヤト殿じゃ。――ハヤト殿、こやつは補給隊長のサイデン。ワシの同期での、口はうるさいが真面目な奴じゃ」
「そんな雑な紹介があるか。――サイデンと申します。以後お見知りおきを」
イガス将軍と親しげにいくつか会話した後、サイデン補給隊長が腰を折って挨拶してくれた。確かに真面目な人のようだ。
事前に話は通っていたらしく貴賓室の一角には山盛りに積まれた物資が鎮座していた。
サイデン補給隊長が自ら用意しておいてくれたらしく、目録を暗誦しながら不備が無いかイガス将軍に確認しながらオレに紹介してくれる。
「以上が謝礼品。そしてこれらは依頼の前払いです。出来うる限り用意いたしましたが、足りないものは後日お渡しすることになるかと」
「かまわない」
体感で一時間くらいで品物の確認が終わる。
まじめな人だとは聞いていたけれど、サイデン補給隊長は寸分の狂いも無く物資の種類、数を確認していた。几帳面すぎだと思うが、そうでなければ補給隊長は勤まらないのかもしれない。
「時にハヤト殿は細君はおられるのかな?」
一息ついたタイミングでイガス将軍がとんでもないことを聞いてきた。
思わず息を詰まらせる。
一瞬ラーナの顔が脳裏に浮かんだが、まだ彼女とは一緒に寝るだけの関係だ。いや、未婚の男女が同棲して毎回一緒のベッドで寝るのはどうかとは思うが。
いや違う。そうではなくてこの質問の答えをどうするかだ。
いないと言えば謝礼に女も付けると言い出しかねない。フォルエン王国としてはオレは喉から手が出るほど欲しいはずだ。取り込まれる隙を作るのはよくない。
「実はラゴウ元帥の妹君にハヤト殿と歳の近い娘が居っての、とても美しい上に気立てが良くて、ハヤト殿ととてもよくお似合いだと思うのじゃよ」
王太子の妹って王女じゃないか。露骨に取り込みに来たな。いやこの場合は縁を結ぼうとしに来たのか。確かに国の近くにスタンピード以上の力を持つ存在がいるのは看過できない問題だとは思うが。
あと歳の近いって、オレは何歳に見えるのだろう? ラーナの話では18くらいの青年に見えるらしいが、超越者になると若返るので歳は分からないはずだ。
いや、ラーナは伝承は本当だったみたいな反応をしていたっけ、若返るなんて眉唾物の話で信じられていないのかもしれない。
ラゴウ元帥の話も寿命を延ばすことだけを目的にしているみたいだったしね。
「とても光栄な話だが……」
「ふむ。しかし王家の血筋を持つのは都市を統治する上で必要なことじゃぞ? いや、もしやハヤト殿ご自身が王家の血筋だったのかの?」
ん? 都市運営に王家の血筋が必要だなんてはじめて知ったよ?
「いや、王族ではないはずだ」
「ふむ。ハヤト殿ほどの御力があれば維持は出来ましょう。しかし、統治には王家の職業が不可欠。第三王女システリナ様なら元気な次代の【王】を御生みになられるでしょう」
イガス将軍の言葉が本当なら都市を今後統治するために王家の職業が必要で、それをオレと王女の子にさせた方がいいと忠告してくれているみたいだ
もしかしたら【王】にはまだ知らない統治に必要な特殊な能力があるのかもしれない。
帰ったら聞いてみよう。幸い【王】を持っている人に心当たりがいるからね。
「ありがたい話ではある。しかし、オレのパートナーは王家の血筋の方なのだ」
うん。嘘は言っていない。
イガス将軍の押しが強かったため下手にいないと言うと本当に王女が付いてきそうだったのでラーナの事を仄めかしてしまった。あとでラーナに言っておかないと。
「なんと! もしやシハ王国の生き残りの方か! あの孤児集団に王女がいたのか!?」
オレの言葉に過剰な反応を示したのはサイデン補給隊長だった。
そうだ。彼らは孤児を見捨てたフォルエン軍だった。当然避難民を護送したあの時彼らもあの場所にいたのだろう。
それを訊くのを忘れていた。
フォルエン軍の行いは矛盾点がある。人種の存命に力を入れるラゴウ元帥。しかし、だとしたら孤児の受け入れを拒否し、荒野の真ん中に置いて行ったのは何故だ?
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