第二十話 食事の用意は大変だ
「ただいま戻りました」
「あ! お帰りなさいませハヤト様」
「お帰りなさい」
結界の中に入るとそれに気が付いたラーナとルミが出迎えてくれた。
それに続いて子どもたちがぞろぞろ付いてくる。
「お帰りなしゃい」
「お帰りです!」
「ハヤト様―!」
「しゃまー!」
ラーナの真似なのか子どもたちもみんな出迎えてくれて一部混雑が発生した。
子どもたちも少しは元気が出ているようで安心する。
「お肉どこ~?」
「ごはん…」
「無いの…?」
もしかしなくても目当てはお肉だね?
そんな悲しそうな顔をしないでほしい。
肉は今『空間収納理術』に入れているから、子どもたちからすればオレが狩りに失敗したように映るだろう。
「ちゃんと狩れたから安心して。今日のご飯はお肉だよ」
「わー!」
「やったー!」
「お肉~!」
「ありがとー!」
はしゃぐ子どもたちに少し待っていてもらい、ラーナとルミと一緒に結界の外に出る。
「『結界構築』」
【結界魔法士】の魔法で『周囲魔払結界』に連結した別空間を作る。
『結界構築』は形を自由にできる結界魔法だ。しかしその分強度が今一だったので戦闘には使っていなかったのだが【魔払】の属性を得たため使い勝手が格段に良くなった。
【魔払】属性は【結界魔法士】時代の魔法でも付与すると確認が取れている。
今回は解体場と調理場を別の空間に作りたかったので使用したのだ。
獣肉ってすごい臭いがするし、火を使ったら煙が出る。
『防臭』や【風魔法士】の『通気』を使っていても出るものは出る。
換気用の煙突が付いた結界が無いと臭いや煙が籠ってしまうのだ。
子どもたちが入ってこられないように連結部分は人が入れない用に設定する。
危ないからね。ちなみにこの通したいものだけ結界を通すのも【魔払】属性の効果だ。
ついでにテーブルやら台やらを簡単に形成。
簡単とは言ってもしっかり作る、水場の皿のような石みたいな材質のテーブルだ。
「よし。ひとまずこんなものかな」
「さすがですねハヤト様。これから獲物を取りに行くのでしょうか?」
「いえ、獲物はしまってあるんです。『空間収納理術』」
台の上に解体した“マンモー”の肉を並べていくとラーナとルミの口がポカンとなった。
「ハ、ハヤト様これは!?」
「お肉が…魔法陣から…たくさん…」
「『空間収納理術』というのですが……」
聞いてみると王族のラーナも聞いたことが無い魔法との事だ。
んー? もしかして理術というのはこの世界でも知られていないのか?
そういえばまだ理術に進化していなかった時にも超越者って呼ばれていたけれど。
とすると、ルミの前で迂闊な発言するのはやめたほうが良いかな。
「簡単に言えば別の空間に物を入れておける魔法ですよ。持ち運びに便利なんです」
「そ、そのような魔法があったんですね。私知りませんでしたわ」
「希少なもの、みたいですね。ルミも言いふらさないようにね」
「は、はい。わかりました」
何かあったらまずいので一応ルミに口止めしておく。
その後肉を包丁を使ってステーキやサイコロに切り分ける。石を使って組み立てた台の上に石板置いて、さあ焼くぞという時に重要なことに気が付いた。
「食器がありませんね」
ラーナの言葉に頷く。
そう、二千人分どころかオレたちの食器すらなかった。
食器は『土形成』で作れることは作れるが全員分となると時間も魔力も足りない。
手掴みを許容するしかないか。
火傷に気を付けるよう徹底させなければ。
「細かく切った肉を大皿に乗せて、手掴みで食べてもらいましょう」
「うっ…。はい。そうですね」
それは、言葉に一瞬詰まるほどラーナにとっては考えられないことのようだ。
元王族のラーナにとってはいきなりはきついだろう。
「安心してください。ラーナには食器を作りますから」
「…はい。ハヤト様のお気遣いに感謝します」
ホッとした顔をするラーナ。
そうと決まったらステーキ肉は全部一口サイズにして、その他薄切り肉を量産していく。
【調理士】の技能で素早く大量に、まるで高速千切りキャベツのごとく薄切り肉を作っていく。
「す、すごい…です」
近くで見ているルミが瞬きもせず凝視している。
しかし子どもといえど二千人分の下ごしらえは骨が折れた。
途中子どもたちのいる『周囲魔払結界』内に行き様子を見る。
みんなおとなしく食事ができるのを待っていた。いや、おなかが減って動くのが億劫なだけかもしれない。
「ごはんできた~?」
「お肉は~?」
「ごめんね、まだ準備中なんだ。もう少しだけ待っていてくれるかな」
子どもたちの残念と声が聞こえる中『土形成』で食事用のテーブルを作る。
椅子は無し。小さい子用のミニテーブルも作って子どもたちに説明する。
「今から焼いて持ってくるけど、みんなケンカしないで仲良く順番に食べてね。皆がお腹いっぱいになるくらい大量にあるから」
そう言ってオレは調理場に戻り、ラーナとルミには子どもたちの監督役を任せた。
皿だけ出すと絶対争いが起きるのは目に見えているので、小さい子から食べてもらう方式にしてその監督役をお願いしたのだ。
でっかい石板を『火生成』で燃やしながら『火形成』で熱する。
あっという間に温められた石板に肉を投下。
肉の焼ける良い匂いが立ち込める。
あとは【調理士】の囁きに従って最適なタイミングでサルベージして皿に盛る。
どんどん焼いて、どんどん盛った。
二つの巨大皿が山盛りになったタイミングで『山積運搬』を発動しつつこぼさないよう持っていく。
「お待たせ」
「わーい」
「お肉だー!」
「良い匂い~」
飛び込んできそうな子たちもいたのでサッと素早くミニテーブルの大皿に盛っていく。
それを我先にと掴み取ろうする幼女たち。
「あちち!」
「あ、ほら熱いから冷めるまでお待ちなさい!」
「待って。ルミの言うこと聞いて」
「おいし~!」
熱さにも負けず掴みに行く幼女たちにラーナとルミが大苦戦している。
見かねた年長の女の子たちが何人か助っ人に来てくれた。
おかげで混乱しかけたミニテーブルが落ち着いてきた。
あ、あの年長の子つまみ食いしてる。
まあ、助けてくれたようだし別にいいか。けれどバレないようにね?
その後もどんどん焼いて、盛って、運んでいくを繰り返した。
二千人の食事作りは大変だった。
レベル24だった【調理士】が今回だけでレベル30になってしまったほどだ。
今度からは手伝ってくれる子を募集しよう。
「疲れましたわぁ」
「ラーナ、お疲れさまでした。ルミもね」
「はい。ハヤト様もお疲れ様でした。その、すごかったです」
「はは。結構大変だったよ」
やっと終わったので調理場のテーブルに椅子を形成して休憩する。
ラーナはいろいろ無茶が続いた結果だろう。瞼が今にも落ちそうだ。
『体力回復』を使っておく。
ルミも疲れ気味だが、まだ元気がありそうだ。
目の前にある美味しそうなお肉のおかげだろう。
オレたちも遅めの夕食だ。
「自分たちも食べましょう。いただきます」
「豊穣と導きの神ユグドラシル様に感謝を捧げます」
「あ、えっと。い、いただきます?」
三者三様の祈りを捧げて、用意した食器を使って肉を食べる。
「ん! これはおいしい」
「……んん。はい、とても美味です」
「おいしい、です」
“マンモー”の肉は程よく脂が乗っていて口の中で蕩けるような柔らかさだった。
なんの調味料も使わずただ焼いただけとは思えないほどおいしい。
【調理士】も格段にレベルが上がったしその影響かな?
それからみんな黙って食事を食べ進め。気が付いたら全部食べ終えた後だった。
ラーナが耳を赤くしながらこっちをチラ見している。
多分食事にがっついてしまったのが恥ずかしかったのだろう。
ルミは、皿を前にして少し悲しげにしている。
十分食べたはずなのにまだ足りなかっただろうか?
「足りなかったらもう少し焼こうか?」
「い、いえ。お腹いっぱいです。大丈夫、です」
そう訊くと慌ててルミが否定する。
まあ無理に聞く必要はないだろうと判断して「何かあれば言ってね」と言っておく。
日もだいぶ沈んできたので暗くなる前に寝床を作っておかなければ。
オレは“マンモー”の加工した毛皮を取り出し『周囲魔払結界』に戻った。
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作者、完結までがんばる所存ですが、皆様の応援があるとやる気が燃え上がります!
 




