第十二話 スタンピードの絶望、人類の災害
本日二話目 ちょっと長め
「助太刀に感謝いたします」
そう言って頭を下げてくるのは金色の部隊長の男が庇っていた女の子だった。
身長は百四十センチくらいでフワりとした金髪に明るい青の瞳、小顔で幼い顔つきをしていて白い全身ローブで身を包んでいる、中学生の時同級生なら思わず惚れてしまっていたかもしれないほどの美少女だった。
「いえいえ、お気になさらず」
「超越者様に感謝を」
再び美少女が頭を下げた。とても感謝しているという感じが伝わってくる。
あとオレはいつの間にか超越者様と呼ばれるようになっていた。ちゃんと名乗ったはずなのに。
「ライナスリィル様、中央塔はもうすぐです。参りましょう」
「ファールン伯爵…」
ライナスリィル様と呼ばれた美少女の後ろから声をかけてきたのは金色の部隊長だ。
伯爵ということは貴族のようだが、確かにこんな派手な鎧を着るのは貴族だけなのかもしれない。
しかし伯爵が様付けで呼ぶ美少女は何者だ?
見たところ護衛対象のようだが。
「超越者殿、ご助力感謝します。我々はこれより中央塔で儀式魔法を起動いたします。お早めに国を出られますよう」
金色の部隊長もこちらを向いて丁寧な言葉で感謝を述べてくれる。
儀式魔法というものはわからないが言葉に悪意はなさそうだ。
早く国を出ろとはどういうことだろうか?
せっかく人に会えたのだ。もっと情報が欲しいところだが、状況がそれを許さないらしい。
『長距離探知』には四方からここに集まってくるモンスターの大群を捉えていた。
早く移動しないとまた襲われるだろう。
彼女たちはすでに移動を開始したようだ。
だがその目指す先、さっき中央塔とか言っていた大きな塔を目指すようだが、『長距離探知』によればその中はモンスターだらけだ。
大丈夫だろうか、心配だ。
どっちみちオレは人に会うためにここに来たのだから帰るという選択肢は最初からない。
集まってきたモンスターを粉砕しトレインの目を摘んでおき、彼女たちの後を追いかけた。
オレと彼女たちが離れていたのは十分も無かったはずだが、状況はその十分で大きく変わってしまっていた。
再び合流した兵士たちはライナスリィル様と呼ばれた少女と金色の伯爵を残して全員が血の海に沈んでいた。
金色の伯爵も護衛対象の少女を庇いながらも深手を負い片足を着いて血を吐いていた。
オレはその光景が信じられなかった。
ついさっきまで、生きていた人たちが、今はピクリとも動かない。
数あるジョブたちが、血に沈んでいる兵士全員が死んでいることを教えてくれている。
戦友にも似たジョブへの絶対的な信頼を疑ってしまうほどの衝撃だった。
この惨劇を作り出したモンスターを見る。
金色の伯爵の前に悠然とたたずむ巨大な二足歩行の狼がいた。
しかし、その姿は巨大。
その体格は依然戦った“グリーンドラゴン・幼竜”よりも一回り大きく、肩幅も三メートルを超えていそうなほど。毛皮の上からでもわかるほど強靭で発達した筋肉をしていた。
その手には体格に吊り合うほど大きな肉切り包丁が握られ、それからは夥しい血が垂れ流していた。
直感で感じた、こいつはあのドラゴンより強いと。
あのモンスターの集団に襲われても護衛対象の少女を庇いながら善戦していた金色の伯爵が手も足も出ないだろう強さ。
【鑑定士】の『分析』によればこいつは“キングハイコボルト・人類災害”LV60と表示される。
初めて見る表示がある。
キング、そして人類災害。
いやLVが60の時点で危険すぎる。
何しろそこらへんで戦っていたモンスターは強力なやつでもレベル20とかだったのだ。
ドラゴンの時は【鑑定士】が生えていなかったが、強さ的に多分レベル40くらいだった。
“キングハイコボルト・人類災害”は間違いなくこの世界に来て出会った中で最強のモンスターだ。
脳裏にあのドラゴンとの死闘が過ぎった。
足が思わず止まり前に進むことを躊躇してしまう。
その一拍の間で状況はまた変化してしまった。
“キングハイコボルト”が肉切り包丁を振るう。
「ぐぅぅ、——っ—はやら゛せん゛っ!!」
片膝を着いたままの金色の伯爵が護衛対象の少女を庇い剣で受けるが、その質量を受け止められず、剣は砕け身体は紙のように吹き飛んだ。
何かのジョブが伯爵のHPが0になり死亡したことを教えてくれる。
動悸がする。胸が強く痛んだ。
つい先ほど会話した人がほんの僅かな時間で簡単に物言わぬ身体になる。
オレは? オレだって一歩間違えればこうなるのか?
呼吸が乱れ荒くなる。
逃げなくては。
ドラゴンの時は運良く勝てた。それからは快進撃の始まりだった。負けたことは一度も無く苦戦らしい苦戦もその一度しか無い。
あれから自分が強くなったと思っているが、それと強敵に挑むのは関係ない。
負けるかも、死ぬかもしれない戦いなんてしちゃいけない。オレはそれをよく知っていた。
足が一歩後ろに下がった。その時、視界の端に身を起こしたライナスリィル様と呼ばれた少女が見えた。
「うっ、ファールン・・・伯爵・・・」
少女が吹き飛ばされた伯爵の方に向き呆然とつぶやいている。
さっき、伯爵は辛うじて死の一撃から護衛対象の少女を守ったのだ。
自分の命と引き換えにして。
少女のつぶやきに“キングハイコボルト・人類災害”が反応した。
「『城塞結界』!!」
気が付けばオレは少女と“キングハイコボルト”の間にオレが使える魔法の中でも最も強固な結界を張っていた。正方形の結界が少女を守るようにして周囲に展開する。
“キングハイコボルト”の肉切り包丁が『城塞結界』に叩きつけられた。
『城塞結界』に大きくヒビが入る。
これにヒビ入れるとか本物の化け物だ。
おそらくもう一撃には耐えられない。
「ぐっ! 覚悟を決めろ、オレ!」
この気持ちが何なのかは分からない。
人を見つけたくて、念願かなって、でもあっけなく人は死んで、自分の死と引き換えに人を助けることを選んだ人がいて、そして助けられた人すら容赦なく殺されそうで。
オレは逃げたいのに、でも助けたくて、命を張って助けた伯爵がかっこよくて、でも殺されそうな少女がとても理不尽で。気持ちの整理が付けないまま、オレは自分の感覚に従い、自分を奮い立たせ、前へ踏み出した。
「『速射大槍』!!」
スピードと衝撃力を兼ね備えた強力な刺突、【槍戦士】第十一のアーツを構えると同時に即突する。
“キングハイコボルト”の側面から胴体に向けたこの一撃を、奴は直感で回避した。
いや、完全には避け切れず肉切り包丁を持つ右腕に掠ったようだ。
衝撃破で大きくバランスを崩す。
これは、いける!
「『連五刺突』! 『『四槍伐十』!」
立て続けに【槍戦士】のアーツで攻める。
五連続の刺突で右腕を責め立て、続いて高速の斜め切りと十字切りを放つ。
“キングハイコボルト”から鮮血が噴き出た。
―――GGOOOOOOOOOOONNN――!!!!!!
「ぐっ、咆哮っ! 『状態回復』!『継続回復』!」
奴の敵意がオレへ向いた。
次いで耳が崩壊するんじゃないかと思う咆哮に身体が硬直する。
【神官】の『状態回復』と『継続回復』を当てて硬直解除。
肉切り包丁が振るわれるのを見て“竜頭楯”で防御する。
「『大防御』!」
余りの衝撃に“竜頭楯”が押し込まれる。
これまで受けたことのない衝撃が身体を襲った。
痛みを歯を食いしばって耐える。
防御しているのにこれほどのダメージ食らうのはひどいと思った。
HPを見ると全体の3%も減っている。
『継続回復』の影響ですぐ痛みが引きHPも徐々に回復していくが、そう何度も食らえない。
だが、奴はオレが今の攻撃を耐えると思ってなかったのだろう。
攻撃が止まっている。
「『速射大槍』!!」
隙を見逃さず初動が最も早いアーツで胸を狙う。
オレの攻撃は奴が咄嗟に防御した左手に深々と突き刺さった。
―――GGOOOOOOOOOOONNN――!!!!??
“キングハイコボルト”が深手を受けて大きく暴れだした。
肉切り包丁をめちゃくちゃに振り回す。
「まずい“竜牙槍”が!」
“竜牙槍”が腕に刺さったまま持っていかれてしまった。
激しいラッシュにさらされて今は防御するしかない。
下がりたいが、下手に少女から離れると『城砦結界』が解ける。動けない。
“竜頭楯”で攻撃を受け流すがガンガンHPが減っている。
「——ガハッ!」
“竜頭楯”で受けきれず強打した。
たったそれだけで“幼緑竜完全体一式”の前鎧部分と右腕籠手が弾け飛んでいってしまった。【付与術士】の『防与』でダメージカットしているのにこの威力か。
激痛が走る。幸い骨は折れていないか。死ぬ一歩手前で鎧に助けられた。
『大回復』で回復したいが、奴はその隙を与えてはくれない。
ならばと。オレは賭けに出た。
“キングハイコボルト”の攻撃を目で追い、最適のタイミングでアーツを発動する。
「『衝撃反射』!」
ガツンッと金属同士が激しく叩きつけられた音が響く。
次いで弾ける緑色の甲殻。
『衝撃反射』で跳ね返すことが出来ず“竜頭楯”が折れたのだ。
『衝撃反射』はその許容量を超える攻撃を受けると失敗し、楯の耐久力を著しく損ねてしまう。タイミングが合致すればそんなこと関係なく弾くことができるが、さすがにこの猛威で精密なタイミング調整は困難だった。賭けは失敗。その代償は武具の破損、最悪だ。
「がっ。よくもオレの“竜頭楯”を壊したな!」
だが、おかげで思い出したことがある。
現在オレは武器が無くなり、魔法も使う隙が無い状態だ。
使うならアーツに限られる。しかし楯が折れ曲がった状態では【大楯士】のアーツは使えない。
なら他に手は無いのか?
思い出せ、壊れた時のために備えは作っておいたはずだろう!
“キングハイコボルト”は壊れた“竜頭楯”を見て愉悦に顔をゆがませたように見えた。
油断してるな。
そうだろう、勝ったと思っただろう。
だが、——それは気のせいだ。
「第十五のアーツ『彗星槍』――」
背中に差してあった短槍に手を伸ばす。
緋色のエフェクトが溢れ出て上位アーツが発動したことを示していた。
“キングハイコボルト”が素早く詰め寄ろうとしてくるが、遅いな。
このアーツは、『速射大槍』と比べても倍は速い。
投擲。
投げた瞬間にはすでに“キングハイコボルト”を貫いていた。
彗星のごとく煌めく奇跡を残して短槍は空へと消え、雲に風穴開ける。
“キングハイコボルト”はしばらく何が起こったかわからず貫かれた胸部を見ていたが、やがて白目をむいて倒れた。
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作者、完結までがんばる所存ですが、皆様の応援があるとやる気が燃え上がります!
 




