50.鋼、溶解
何かしら仕掛けてくるとは思ったが、これは予想外過ぎた。
まさか、雫がこんな直接的な手段に打って出るなんて。
(どうすればいいんだ……?)
少なくとも、ここでうろたえる姿を晒す訳にはいかない。
雫は俺を困らせることも、困ってるところを見るのも好きだが、
この場面でそういったことは求めていないだろう。
だが、次の一手が浮かばん……
「怜二君」
焦っていたら、雫が先に声を出した。
わたわたしてもいられんが、俺はどうすればいい?
「目、開けていいよ」
柔らかな感触が離れる。
部屋の灯りは消されていないし、距離もそう離れてはいない。
当然、視認には十分だ。
(本当に、いいのか?)
状態を確認して、逡巡する。
恐らく、事は俺が思っているより大きい。
……だが。
(臆病なままじゃ、ダメだよな)
この旅行で何かが起きるとすれば、ここなのだろう。
なら、ゆっくりと目を開けるか。
(……!)
当然、そこには雫がいる。
だが、何から何まで逸脱している。
「どう、かな?」
雫は色白だから、顔の紅潮が分かりやすい。
それを加味しても、今までにないほど真っ赤っ赤。
故に、他の部分の白さが目立つ。
「……綺麗だ」
「ありがとう。でもさ……」
感触から分かった通り、浴衣は脱いでいた。
とはいえ、代わりに着ているものはある。
ただ、それは衣服はおろか、下着としての要件も満たせているのだろうか。
それでも、ただ一つ分かることは。
「……もっと、違う気持ちにならない?」
白い肌に似合う、真っ白な水着。
隠す為ではなく、魅せる為の薄布。
それを……雫は、自らの意思で着ていた。
「……ならない訳がねぇよ」
返答の声は、絞り出すように。
すると雫は表情を緩め、軽く息を吐いた。
「よかった。引かれたらどうしようかって」
「ありえねぇから安心しろ」
こちとら健全かつ薄汚れた男子高校生だ。
可愛くてお茶目で頭は良いのに危なっかしい最愛の彼女に水着姿で迫られて、
そこから引いたりする程に潔癖な人間ではない。
そして、それは雫も知るところだろう。
「これは怜二君だけの為の水着だから、二人きりの時にしか着ない。
ボクは怜二君の彼女で、怜二君の物だから」
時々、雫は自分のことを物扱いしてほしがることがある。
それは雫がMだから……だけではない。
「俺は雫を物だとは思ってねぇよ。
雫は俺の彼女であり、一人の人間だから」
「うん、それは分かってるんだけどさ。
ボクは怜二君にだったら物みたいに扱われてもいい。
……むしろ、物扱いされたい」
倒錯的な愛情。
それはとても歪んでいるが、その実とても真っ直ぐだ。
要求自体は無茶苦茶だが、そんなことを望む理由。
……俺の考えが、合っているのなら。
(……俺が好きだから、か)
俺は雫に愛されている、雫の彼氏だ。
そして、愛する彼女の望みを満たすのが彼氏の務め。
ここまで言われて、臆病なままではいられない。
そこまで分かっていて……
(何で、俺は次の一歩を踏み出せない?)
雫はこんな俺を望んでいない。
だというのに、俺は……!?
「怜二君」
また、抱きつかれた。
さっきよりも尚のこと雫の肌を感じ、鼓動が高鳴る。
くっつかれてる状態だと、雫にも伝わってるかもしれない。
「告白した日のこと、覚えてる?
あの時も、こんな感じだったよね」
あの日の雫は、それまでに見たことのない雫だった。
首筋に噛み付かれ、マーキングされ、泣かれ……そして、押し倒された。
およそ交際0日目のカップルとは思えない展開ということもあり、
当然のことではあるが、はっきりと覚えている。
「でもさ、今は一個だけ違うんだよね」
そこまで言われて、あることに気づく。
押し倒された後に、俺は雫の震えに気づいた。
だから、雫を抱きしめた。……けど、今は。
「ボク、全然震えてないよ?」
期待と挑発、そして愛情。
それらに比べれば、恐怖など微小も微小。
全くゼロということではないだろうが、身体には現れないぐらい。
それが意味するところは。
「怜二君は知らないかもしれないけどさ。
……女の子にだって、性欲はあるんだよ?」
理解を後押しする言葉まで言われたら、もう無理だ。
この状況から導き出せる雫の思いが明確に伝わってしまっては、
自分の止め方はもう思い出せない。
「だからさ……ね?」
可愛らしく小首を傾げて、上目遣いで。
あざとさ全開だが、そんなこと分からなかった。
何故なら。
「……できるだけ、優しくする」
既に、俺の理性は消し飛んでたから。
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「んぅ……」
朝日が差し込む部屋の中、ボクは目を覚ます。
光の方向に目を向けると、そこにいたのは。
「おはよう、雫」
窓際の椅子に腰掛けてお茶を飲んでる、大好きな怜二君。
昨日……いや、日付跨ぐまでいったと思うから今日?
いずれにしても、ボクの……初めてを、捧げた相手。
「おはよ……はう……」
「起きれるか?」
「……ちょっと、無理かも」
分かってたつもりだったけど、本当につもりでしかなかった。
想像以上に……色々と、凄かった。
それ自体もそうだし、怜二君ならではという点でも……
「朝食までは時間あるから、ゆっくりしとけ。
あと、布団から出る前に着とけよ」
「うん……ありがとう」
先に起きて用意してくれたんだろうな。
ボクの枕の側に、綺麗に畳まれた着替えがある。
(これが、お泊りデートかぁ……)
朝起きたら、すぐ側に大好きな彼氏がいる。
一日中、大好きな彼氏の時間を独占できる。
「たださ、顔だけはしっかり出してくれねぇか?」
「何で?」
「布団から中途半端に顔出てると可愛いすぎるんだよ。
このままだと時間に間に合わないことになるからさ」
「じゃ、帰ってから?」
「……都合がつけばな」
怜二君。
……大好きだよっ♪




