49.犬なんだか猫なんだか
風呂から上がり、もう一度浴衣に着替える。
そして、ここでもお互いにやりたいことがある。
「じゃ、乾かすぞ」
「よろしく」
軽く湯シャンした雫の髪を、俺がドライヤーで乾かす。
ショートカットだから手間はかからないだろうけど、
彼女の髪を乾かす役目を担うというのをやってみたかったし、
雫もされたかったらしい。
「んふぁ~……」
「揺れんな。乾かせん」
「だってこんな気持ちいいの……ふわぁ……」
ふらふらと揺れる雫の頭を追いかけながら、温風を当てる。
濡れ髪のツヤから髪本来のツヤへと変わり、乾ききる直前で冷風へ。
櫛を通しながら、いつもの髪型へと近づける。
「ほい、終わり。鏡見てみろ」
「ん……うん、いい感じ。ありがとう」
「どういたしまして」
確かめるように手櫛を通す仕草一つで、人を魅了できる。
勿論、それを向けられるのは俺だけだがな。
「寝るにはちょっと早いな」
「用意はしてあるけどね」
風呂から上がると、既に布団が敷かれていた。
……布団本体は一組、枕は二つ。
一応、人数分の布団を用意することもできるだろうけど。
「偶然にも、そう偶然にも一人分しかないなら仕方ないよね♪」
「あぁ……そうだな」
この嬉しそうかつ楽しそうな笑顔を前にしては、選択肢は一つ。
寝れる気がしねぇ……
雫が淹れてくれた備え付けのお茶を啜り、ほっと息をつく。
会話は無いが、気まずくはない。
こうして静かに流れる時間を共有することもまた楽しい。
(来てよかったな)
泊まりの旅行デートをするのは先のことだと思ってた。
だが、偶然にもその機会に恵まれた。
つくづく思う。人生何があるか分からんな。
春先の俺がこの光景見たら、卒倒じゃ済まんだろ。
「あ、そうそう」
そんなことを頭に浮かべていたら、雫が何かを思い出した様子。
鞄の中を漁ってるが……ん?
「はい、これ持って」
「あぁ、うん……?」
「で、こう」
手渡されたのは、先端に緑色の羽がついた棒。
俗称『ねこじゃらし』。
そして、俺の目の前には……
「にゃ」
E:猫耳カチューシャ。
俺のそばで四つんばいになり、指を鉤爪のように曲げた右手を挙げている、
黒い猫耳の生えた、クソ可愛い生物がそこにいた。
「にゃー」
(……やれと?)
俺の手元には、じゃらすのに最適なアイテムがある。
ならやってみるか。こうして目の前に出した後、軽く上下に振って。
「にゃーっ!」
猫パンチ、猫パンチ、猫パンチ。
愛する彼女が大型犬から猫に変わった。
(何これ楽しい)
上下に振るだけではなく、時々別方向に思いっきり振る。
するとその方向に跳びながら猫パンチを繰り出す。
「にゃっ! にゃっ! にゃーっ!」
あっちこっちに振り回す度に、鳴き声を上げる。
こいつ何だ。猫っぽいけど猫の数億倍可愛いんだが。
あぁそうか、俺の彼女か。
(かわい過ぎるわ!)
猫じゃらしを振り回す速度をめちゃくちゃに上げても、しっかりついてくる。
完全に遊ばれてることは分かってるだろうに、俊敏に動き回る。
んじゃ、ここはこうしてみるか。
「と」
「にゃっ! ……にゃ?」
一度猫じゃらしの動きを止めて。
「ほい」
「にゃっ!」
「うぉっ」
俺の腹の前辺りでゆらゆら。
どうなるかと思ったら、普通に突進してきた。
「にゃー♪」
「よしよし」
流石に身体のサイズまでは猫になれないので、頭の辺りだけではあるが、
身体を丸めて膝の上に乗っかり、マーキングを始めた。
そして、俺はそんな雫の頭を子猫を抱いてる感覚で撫でる。
「んにゃー……」
「ん? あぁ、そういう?」
空いていた右手を掴まれ、喉元に誘導された。
そうか、懐いた猫なら大丈夫だったっけ。
「ごろごろ」
「ん……」
雫の喉を中指で軽くさする。
すると目を閉じて、口をもごもごしていたが。
「……ダメだ。鳴らないや」
はにかみながら、久方ぶりに人間の言葉を喋った。
「鳴き声はともかく、喉鳴らすのは難しいから仕方ないって。
それに、一番似てないのは別のとこ」
「別?」
「可愛さ。雫は猫の100億倍可愛いから」
「そっか……えへへ、そっかぁ……♪」
ご満悦の様子で何より。
しっかし、こんなことまでやりたかったとはな。
雫の本質は理解できたつもりだが、まだまだこれからだな。
「ふぁ……」
「眠い?」
「うん……ちょっとだけ」
動き疲れたか。それとも風呂の熱が抜けてきたか。
いずれにしても、それなら寝るか。
「あのさ」
「どうした?」
「ちょっとだけ、一人にしてくれない?
5……いや、2分ぐらいで済むから」
寝る前に何かあるのだろうか。
気にはなるが、断る理由も特に無い。
「分かった。終わったら呼んでくれ」
「うん」
猫じゃらしをテーブルに置き、部屋を出る。
2分で終わるなら、入り口で待つか。
「終わったよー」
丁度2分後、部屋から声が聞こえた。
適当に当たりをつけようとしたが、特に何も浮かばず。
この短時間でできることなんて限られてはいるだろうけど。
「入っていいか?」
「うん。あ、ただちょっとお願いがあって。
目を閉じて入ってくれない?」
……? いや、普通にできることではあるんだが、
これは一体何が狙いだ?
要求されたことから思うに、何らかのサプライズか。
「まぁ、いいけど」
意図することは分からないが、気にすることもない。
目を閉じてから襖を開け、そこから二歩進んで立ち止まる。
さて、ここからどうすればいいのか。
……ん? 何か前から音が聞こえるな。
こう、スルスルといった感じの、衣ずれのような……まさか。
「ん」
(っ!?)
50%の疑念が99%になったのは、聴覚情報に触覚情報が加わったから。
この場で俺に抱きつけるのはただ一人。
それは間違いないんだが……
(……浴衣同士じゃ、こんな生々しい感触にはならんぞ)
抱きつかれた感触は、薄布一枚越し。
そこから俺が着ている浴衣を引いたら……?




