48.広い風呂を狭く使う
青い海に、黄色の月……そして、透明感のある美女。
夜の帳が下りる中、俺と雫はゆったりと露天風呂に浸かる。
浴槽は広いが、広く使うつもりは全くない。……主に、雫が。
「気持ちいいねぇー……」
体をぴったり、頭を俺の肩にこてん。
腕を抱きしめながら、思いっきりリラックスしている。
勿論、表情はゆるっゆる。セロトニンやらドーパミンやらドバドバ出てそう。
「幸せぇ……」
「お疲れ様」
俺がずっと脇役してたみたいに、雫はずっと肩肘張りっぱなしだった。
ということで、お互いの17年の間に溜まった疲れをじっくりと落とす。
一緒に入れば、効果は2倍。……ではあるのだが。
(緊張がとれん!)
何だかんだ入ってしまえばどうにかなると思っていたが、甘かった。
緊張と興奮のレベルが今までとは段違い。
水着程度ではこの柔らかい感触は全く妨げられていない。
加えて、相手がただの女である場合はここまでなのだが、
ここに雫特有の理由が加わる。
「怜二くーん」
「どした?」
「えへへぇ……あーむっ」
「うぉっ!?」
雫の本質は『天真爛漫なイタズラっ子』。
こうして入浴中だろうと首筋を甘噛みしたりする。
可愛い顔と抜群のスタイルで大型犬みたいにじゃれつくという、
その破壊力の高さったらない。
「ボクの身体、どうかな?」
「どうかなって、どういう……」
「こういう」
今度はくるりと回りながら懐に入り、背中を預けてきた。
丁度、俺の股座に雫が座る形。
このすっぽり入る感じは何ともクるものがあるんだが、
一体何のつもりだろうか。
「はい、お好きにどうぞ」
(……はいィ!?)
いや待て待て待て! この状態でんなこと言う!?
できる解釈がアレなこと一つしかねぇぞ!?
「見るだけじゃ分からないこともあるしさ。
五感の一つ一つでボクを感じて欲しい」
ちょっとロマンチックな言い回しになったところで、
要求されたことのヤバさは全く変わらない。
ただ、それが雫の望みであるなら……覚悟を決めよう。
「……じゃ、この辺を」
まずはゆっくりと爪先に触れ、指先で足の甲をなぞる。
とりあえず端からなら、時間を稼ぐことが……
「んっ……あっ……」
(いやこれもこれでマズい!)
身じろぎをしながら、嬌声を漏らす雫。
どうやら俺は、どこをどうするにしても綱渡りを強いられることになるらしい。
「怜二君」
「へっ?」
どうしようかと思っていたら、不意に雫に声をかけられた。
思わず気の抜けた返事になってしまったが、ここから何があるんだ。
「ボクのこと、舐めないの?」
「ハァッ!?」
いやいやいやいや!? この子は突然何を言ってるのかね!?
こんなこと初めて聞いたぞ!?
「五感の一つ一つで感じて欲しいって言ったよね。
それなのに味覚と嗅覚使われてないなーって」
「どっちも普通使わねぇよ!」
「ボクはどっちも使うけど」
「それは雫だから許されることだから! 俺がやると色々と洒落にならん!」
「そう? ボクが許してるから大丈夫だよ」
「あのなぁ……」
付き合うにつれ、雫は徐々に変態チックになっている。
そこから色々と要求が出たりもするが、んなことまでとは。
……でも、これもまた覚悟を決めるべきことか。
「少しだけだぞ?」
「分かった。それじゃどうぞ」
手を綺麗な曲線を描く肩に置いて、ゆっくりと深呼吸。
そうしてから……雫のうなじに、そっと舌を這わせる。
「あんっ!」
一際大きく、かつ色っぽい嬌声を上げ、身体が大きく跳ねた。
ある程度反応を予想していたが、それを軽く上回った。
(……色々と危険過ぎる)
これ以上は持ちそうにない。俺はそうだし、多分雫も。
……やめておこう。というか許してくれ。
「俺はそんなことまでしたくないんだ。だから勘弁してくれ」
「うー……それじゃ仕方ないか。ボクもわがまま言い過ぎてごめんね」
少々時間がかかったが、何とか要求を呑んでくれた。
こんな場で事に及ぶ訳にはいかんし、俺の自制心にも限度はある。
正月の時だって、半歩間違えれば大変なことになってたし。
「ボクからくっつくだけならいいかな?」
「それ『だけ』なら、むしろ大歓迎」
「分かった。本当は腹筋とか舐めたかったけどね」
雫の愛情表現は動物的。スタイルの良さは本人の自覚以上。
これを掛け算すると大変なことになる。
それを分かってないんじゃない。分かっててやってる。
だから雫は危なっかしいし、心底可愛いくて仕方ない。
「あったかいね」
「そうだな」
一度触ったことのあるお腹の辺りに手を回し、そっと抱きしめる。
俺から何かという分には、これが精一杯。
にしても本当に細いな。その分他が際立つ。
「ところでさ、怜二君の好きなヘアスタイルってある?」
「特にこだわりはないな。雫が好きなスタイルと同じってとこ」
「やっぱりそっか。ボクは怜二君の好みを聞きたいんだけど」
雫だと何でも似合ってしまうから、何か一つに決められない。
となると雫が好きなヘアスタイルが一番なんだが、
聞きたいことはそういうことではない、ということだろうな。
「それじゃさ、一通り試してくれるか?
色々な雫を見て、その中から決めてみたい」
「いいね。それじゃしばらく伸ばしてみよっか」
髪が長くなると、その分洗いや手入れに時間がかかる。
それでも雫のことだ。このサラツヤ髪のままでいてくれるだろう。
……こういう期待をする辺り、俺も少しわがままになったな。
「ということで怜二君。ボクの髪の匂い、嗅いでくれない?」
「何が『ということで』何だ!?」
「ほら折角だし。あとは嗅覚で五感コンプリートだからさ」
「……仕方ねぇな。ちょっと来い」
「んっ」
雫を抱き寄せ、頭にそっと鼻を近づける。
軽く息を吸うと、感じるのは……あれ?
「どう?」
「……ごめん、無臭としか言い様がない」
「そっか。無香料のシャンプーしか使ってないからかな?」
きっちり洗えてるから臭かったりはしないが、
女の子っぽい甘い香りみたいなのは全くない。
いや、そういうのって男の妄想でしかないか。なら当然か。
「でも、凄く綺麗だ」
「ありがとう。これも怜二君の為だよ」
「全く……うりうり♪」
「にへへっ♪」
濡れるのも構わず、頭をなでなで。
犬みたいにじゃれつくなら、猫可愛がろう。




