32.舞台裏
side:岡地勝
バレンタインの直前は、男子がやたら女子に優しくする。
下心見え見えの真似をした所で今更遅い。
その辺を知っている俺はいつも通り。諦めのよさが俺の長所。
(なんだけども)
諦めの悪い奴は、男子に限ったことではなく。
もしかしたら余計なお節介かもしれないし、
ほっといてもその内気づくとは思うが、気に病むかもしれんし。
(今まで怜二がやってた脇役仕事と行くか)
今の内にやっといた方がいいだろ。
このままチョコレート渡したりしたら、こじれかねんし。
「おいすー」
「あっ、岡地先輩」
本日の放課後の行き先は報道部の部室ではなく、サッカー部のロッカー。
陽司に頼んで人払いをしてもらった。
「サッカー部どんな感じよ?」
「茅原先輩が先導して活気付いてますね」
「そりゃ良かった。で、話なんだけどさ」
1年生のマネージャー、白崎樹。
水橋は告白『された』だから、怜二に告白を『した』唯一の女子。
俺もちょいちょい情報を流した以上、アフターケアの責任はある。
世間話もそこそこにして、さっさと本題に入るか。
「残念なお知らせだ。怜二に彼女ができた」
「えっ……」
変に濁しても仕方ないから、サラっと伝える。
ショックを受けるのは当然……ん? 何か違和感あるな。
何となく、失恋のショックとは別の何かを感じているような。
「……告白は、成功されたんですね」
「あぁ、そういうことになる」
元より突っぱねられてるが、こうなれば保険もクソもない。
その上でこいつはどう考えるのか。
とはいえ略奪愛に走るってことはないだろ。変な暴走しがちなタイプだが。
「あの……藤田先輩の想い人って、どんな方なんですか?」
「水橋だ。透詰めた時にいただろ?」
「……水橋、先輩が」
女神的イメージの名残はあるだろうし、それ抜きでもスペック差は明らか。
相手が水橋だということを教えるだけで、十分に諦めがつくだろう。
「奪おうとか考えんなよ? 怜二も雫もベッタベタに惚れてる。
ま、透にキレたお前には余計な心配だと思うが」
「……えぇ、勿論です」
こいつの怜二に対する愛は本物だ。
迷惑をかけてまで、一方的な愛をぶつけるということはしない。
……だよな?
「……私、ダメですね」
「ほう?」
諦めがついた……ともちょっと違う気がする。
どちらかと言えば自罰的な性格だと聞いてはいるが、この自己否定は何だ?
「好きな人が幸せになったのなら、それは喜ばしいことのはずです。
……なのに、私は」
そこまで言って俯き、沈黙。
後に言葉が続く形で切られたから、しばらく待っていると。
「悔しいっていう、エゴの気持ちが先に来てしまいました」
そう言って上げた顔の目尻から、大粒の涙が零れ落ちた。
(……成程ね)
怜二の幸せより、自分の願いを優先した自分自身が許せないと。
俺の目は間違ってなかったな。こいつは本気で怜二を愛している。
そうじゃなかったら、こんなこと言う訳がねぇ。
「保険だなんて、身の程知らずなことを言ってしまいました。
相手が水橋先輩じゃ、比べるのもおこがましいです」
(あー、そんなこと言ってたっけな)
二番目上等って感じで、保険としての確保まで提案したんだっけ。
んなことする奴はこいつしかいないだろうな。それだけ好きだったと。
「今、私がもう一度藤田先輩に告白したら、断られるのは間違いないです。
でも、その理由は『彼女がいるから』ではないと思います。恐らくは……」
「『水橋が好きだから』か」
「……はい」
何をどうしたって、怜二にとっての自分は水橋を超えることができない。
人として、女としての魅力は勿論……恐らくは、どれだけ愛しているかも。
(現実は残酷だ)
俺はモテたこともなければ、誰かを本気で好きになったこともない。
それでも、白崎は相当に辛い思いをしているということは分かる。
俺がかけられる言葉はねぇな。茶化しの言葉はいくらでも浮かぶが、
それら全て、言っていいものではないということぐらい自明だ。
……それが分からなかったから、保健室通いの男もいるが。
「で、どうする? 必要ならこれからも怜二の情報は渡すが」
「いえ、結構です。……私の初恋は、終わりました」
虚空を見つめる目から流れる涙が、勢いを増した。
一つの恋が成就した裏で、一つの恋が破れた。
何にも悪いことはしてないが、怜二も罪作りな男よ。
(後は場合によって、だな)
事と次第によっちゃ枷になる。それをどうにかする。
怜二が今までやってきた脇役仕事とは、こういうことなのだろう。
誰かがやらなきゃならないことを率先して粛々と行い、成果は口にしない。
地味だが大切な行動を、怜二は一手に引き受けていた。
(あいつ、本当に凄ぇな)
そんないい男に惚れた辺り、白崎には人を見る目がある。
具体的に誰か浮かぶわけでもないが、またいい出会いがあるだろ。
というか、そうとでも思わなきゃやってらんねぇ。
「あの、岡地先輩。水橋先輩に伝えて頂きたいのですが」
「何だ?」
「……絶対に、藤田先輩を幸せにして下さいと」
「了解」
俺が言うまでも無く、そのつもりだろうけどな。
最後の仕事、承った。
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岡地先輩を見送り、マネージャーとしての仕事に取り掛かる。
元は藤田先輩のことを知れればと思って始めたことだけど、
中途半端な時期に入って中途半端な時期に辞めるわけにはいかない。
「白崎、機材の手入れ手伝うよ」
「あっ、ありがとうございます」
茅原先輩はサッカー部のキャプテン兼、コーチや監督でもある。
顧問の田野先生がサッカー未経験者で、丸投げされたとか。
「何かあったか?」
「……分かりますか?」
「そんな赤い目をされちゃな」
ロッカールームで、泣きに泣いた。
諦めきれないけど、諦めるしかない。
感情と現実がぶつかり合って、泣くことしかできなかった。
「藤田先輩の告白、成功されたそうですね」
「あぁ。……言った方がよかったか?」
「おかしなことに、私にも分からないんです」
「そうか……」
もっと夢を見ていたかった。けど、いつかは諦めるしかなかった。
私のヒーローは今、水橋先輩のヒーローになった。
(……いつか、いつの日にか)
私がもう一度、恋をすることができたのなら。
二人の幸せを、心の底から祈ろう。
それが今の私に許された、最大の愛の伝え方だから……




